対話療法


「たすけて こわい」


「なにがこわいの?」


「全部、すべてが、こわい
ひとが、こわい」


「どうして」


「悪意が
こわい
振り払っても
振り払っても
こわい
好意もいつか
悪意に変わってしまう気が する」


「もう過去のことじゃないの」


「わかってる
全部わすれたい
お願いだから
忘れさせてほしいのに

忘れたい
忘れたい」


「あなたは他人に負の感情を抱くくらいなら
自分が消えればいいと思ってしまうんだね」


「うん でも
でもね
私 しあわせになりたいんだよ」


「なろうと頑張ってんじゃん」


「でも
しあわせになろうとするたび
声が反響する

こわい

こわい

こわい

私はずっと死にたかったから、
死にたい私を知っているひとは、
私がしあわせになることを
ゆるしてくれないんだって思う

こわい

私だって前向きに生きたい
私生きたくなっちゃってさ

変かな
変わっちゃだめなのかな
変わったら 誰かが
私を嫌うかな 恨まれるかな
私が一体なにをした?
なにもしてない
ただ生きていただけなのに」


「誰からも嫌われたくないの?八方美人だね」


「それいわないで、一番いわれたくない
二度と言わないで

こわい

こわい

こわい」


「でも誰のことも恨んでいない
ひたすらに幸せを願ってばかりで
やさしいんだね きみは」


「やさしくない
やさしいって嫌い
大嫌い
恨みは何もうまないから
私は誰からも恨まれたくないから
だから誰のことも恨まない
みんな幸せでいてほしい
それは本当に本当で本当なんだけど

やさしくなんてない
私はこわいだけ

もう
二度と
私は私の人生を壊したくない」


「壊れた人生を生きてるの?」


「壊れてない人生なんてあるの?」


「おちついて、あなたはつかれているだけだよ
人生は元来素晴らしいよ」


「肯定できないときに
肯定しなきゃいけないのがくるしかった

私だって
自分の身を守るために
逃げなければならないときだってあった
ゆるして
こわい
お願いだからもう二度とって
思ってしまう
でもそれはゆるされない」


「どうして?」


「どうしてだろう わからない
私をゆるしていないのは誰だろう」


「ひとがこわいんだね
さみしい?」


「うるさい」


「キスしてあげよっか」


「うるさい」


「俺を呼んだのはあなたじゃないか」


「うん 私が呼んだ
でもこういうことは
あんまり心身によくないらしい

本当は、他人と会話しなきゃいけないらしい」


「俺と付き合う?」


「できないよ」


「どうして」


「あなたはあまりにも私の顔をしているから」


「ああ ちゃんとわかってるんだ」


「あなたは私のなかにしかいない
だから傷つけることは言わない
でも 私のなかにある以上のことばを
くれることもない」


「俺はもうすぐいくよ」


「どこに」


「あなたのなかに帰らなきゃ」

「いなくなるの?」


「もとからいるし、もとからいないよ」


「ねえ
最後にきいてほしい

私これからどうやって生きてったらいい
ひとがこわい
でもひとと生きたい
全部肯定しなきゃいけない
でも
肯定するのがこわいとき
どうしたらいい
思い出すだけで発作が起きて
どうしようもないのに
ゆるさなきゃだめなのかな
拒みたかったら拒んでいいって
誰かいってほしかった
ゆるせないことはゆるせないままでいいって
ゆるしてほしかった
私心を壊してまで
傷ついていないふりしなくていいよって
もう二度と触れたくないことだって
あってもいいよって
ゆるしたいのかな
ゆるすってなんだろう
消えないのに ゆるせないままで
みんなしあわせになれるかな
私も誰も彼もみんなみんなみんな、」


「大丈夫だよ」


「それ、みんな私にいうんだよ
大丈夫じゃないのに」


「大丈夫だよ」


「うるさい」


「キスしてあげよっか」


「うるさい、どうして、みんなすぐそうやってさ
優しいだけのことばで
私をぐちゃぐちゃにするんだよ」 


「俺があなたなら、あなたをそんなに悲しませたりはしないのに」


「うるさいよ、あなたは私じゃないの」


「俺はあなただよ
だからあなたは幸せになれるって言ってんの」


「私は」


「幸せになることをいい加減ゆるされていいよ
そしたら俺は安心していなくなれる」



刹那、暗転
もうすぐ冬がやってくる

私の声のナレーションが
誰もいない舞台に響いている

しづく

夕暮れと夜の狭間で息をしています。 迷子のちっぽけな小説家です。

プロフィール

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