『死を口ずさみ、指先で生を紡ぐ』
しえさんは今日、筆を置く。
「自分のために」と「誰かの目」を行ったり来たりしながら言葉を紡いだ9ヶ月間。書くことを好きだなと思った反面、私には書きたいものがないなと思った。いや、あった。書きたいことは山のようにあった。それはあまりにもプライベートで、あまりにもセンシティブ。外に出すことはおろか、向き合うことすら出来なかった。でも、それはしえさんとして書くべきものではなかったんだなと思う。いつかどこかの機会で向き合えたなら、書いてみよう。
逆におどりばと出会ったことで向き合い、書けたものもある。それは「死にたい」と「生きたい」の隙間。意識していたわけではない。でも、ある時気付いた、私が今までおどりばで綴ってきたもの、その多くが「生きるための呪文」だった。「まるでスペルブックみたいだな…」並んだ記事を見て思う。
『幸せだから、』の中では「消えたい」とぼかして書いたが、あれはほとんど「死にたい」だ。ただ、自分で書いてて気が滅入るのでぼかしておいた。『幸せだから、』、『お葬式を黒字にしたい』、『バースデーブルーに花束を』、『革命は「熱情」と共に』どれもこれも気を抜くとうっかり死にそうな私のために、私が綴った生きるための呪文だ。
うっかり死にそう…というのは、私のこめかみにはいつも銃口が突きつけられているからだ。何年も、何年もずっと。引き金に指をかけたり、外したりしてる。イマジナリーフレンドならぬ、イマジナリー死神。いつからいるのかわからない。気が付いたらそばにいて、静かに銃口を突きつけていた。彼/彼女のおかげで、長生きするイメージがなかった。漠然と30歳までには死んでるなと思ってた。特に私が22歳の(母が亡くなった)頃、精神は死に、あと肉体の死を待つのみだった。それでも肉体は死ぬことなく、生きながらえてしまった。亡霊のように、はたまたゾンビのように、生きているのか死んでるのかわからない。でも気がつくと自分を取り巻く環境は目まぐるしく変化していた。そして26歳を越えたあたりで「もう少し、生きてみたい、かも?」と思うようになった。
ねじれ。死の訪れを待っていた私の心に、生きたいと願う私が生まれてしまった。戸惑いと混乱の中、おどりばで自分に向き合い、言葉を綴った。そのねじれを解すように、生きるための呪文を紡いでいた。
呪文はあくまで呪文だ。
私は生きることにポジティブになったわけじゃない。
泳ぎ方を、息継ぎの仕方を覚えただけで、泳ぐことが好きになったわけじゃない。例えて言うならそんなところだ。依然として生と死の天秤は安定しない。それでも、ずっと死に傾いていた天秤が、少し生に傾き始めた。「良いことだ」と人は思うかもしれない。私は良いとも悪いとも思わない。ただの心の変化だ。でも大事な変化だ。
死を口ずさみ、指先で生を紡いだ。
きっと私はこれからも歌うように、泥を吐くように「死にたい」と口にする。でも、その度に私は「生きたい」と願う私のために紡いだ呪文をなぞる。そして息をする。
しえさんは筆を置き、
そして書きためた呪文と共に旅に出る。
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