思い出を振り返らないで今を向け

住人

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)に出会ったのは、1994年のことで、昔。専門学校でクラスメイトだったATSから強制的に聴かされたんだ、EP『Give It Away』。正直、何が良いのかわからなかった。当然かもしれない、つい数ヶ月前までJ-POPに夢中だった、音楽童貞のわたしだったから。1年後、RHCPの新しいアルバム『One Hot Minute』が出て聴いたら、お気に入りに。でもATSとはもう会えない関係に。彼は専門学校を辞めてしまって。今だったらSNSで繋がれたんだろうけれど、そんな時代じゃなかったから、音信不通。ATSはこのアルバムをどう斬るのか、聞きたかった。ATSは売れている芸術を、≪ヒットしているから≫っていう理由で良作だと結論を急いだりはしなかった。「バッドだな」ってニルヴァーナにだって辛辣でいたくらいだし。なので、95年以降のRHCPについてATSの意見を聴けないまま。

わたしはというと、順調に虜になっていった。1997年、嵐の中で開催となったフジロックでのパフォーマンスは記憶に鮮烈に。1999年、オーストラリアでバックパック旅行していた頃に現地でアルバム『Californication』を買って孤独をしのいだし、2002年リリースのアルバム『By The Way』では、≪好き!≫にいよいよ火が点いて、全曲歌えるほどに@もちろんインチキいんぐりっしゅ。その年のさいたまスーパーアリーナでのライブでモッシュが起きる中、発狂するほどにエキサイトしたな(って思い出話に花が咲いてて、この原稿、最低です。まあ、いいけど。ってことで進める)。

でも、なにごとも諸行無常で≪ずっと≫なんてことはなかったんだ。2006年に2枚組のアルバム『Stadium Arcadium』は待ち焦がれていたというわけじゃなく、さらに2枚組だったから、聴く前からおなかいっぱいで。『Californication』と『By The Way』が名盤すぎたから、元凶。『Stadium Arcadium』のタイトルすら覚えないくらい他人事に。さらに2009年にギタリストのジョン・フルシアンテが2度目の脱退をして、心が完全に離れた。

ATSがいなくなってから、圧倒的に専門学校は面白くなくなった。彼のほかにも魅力的な人物がいたのは事実。クスリ疑惑が晴れなかったAYM、レズビアンだってことを言って憚らなかったKKRなど。でも全員、ATSの個性を前にしては存在が霞んだ(もちろん、わたしを含む)。芸人がダウンタウンに憧れるのと同じ。作家志望が太宰治に殉教するのと同じ。現在のプロ棋士が皆、藤井聡太を越えようと努力するのと同じ。感情を捧げる理由なんてATSに関してはいらなかった。かつてのイチローさんに影響力があった理由は≪それがイチロー≫だったからで、当時のATSにもそれは当てはまった。今のメジャーリーグから大谷翔平がいなくなったら、まったく面白くなくなる。だけど、ATSはいなくなった。それくらいのインパクトを彼の喪失から受けた。

ジョンがいないRHCPは私のなかだけではなく、実際セールス的にも、苦戦した。アルバム『I’m with You』も最新作『The Getaway』も振るわなかった。2019年の12月にジョンがちょうど10年ぶりにカムバックすることが発表されたが、宇宙の全員がご存じのように疫病で地球は閉塞。コロナは終わりそうにない。共存していかねばならないのだろうと今さら。RHCPがこんな世界でどう動くのか注目しているわたしは、ようやくRHCP愛が再熱。早くジョンのギターが聴きたいよね。

RHCPの原稿を書くにあたり、ATSのことを思い出さないはずはなくて、ホント≪早く気づけよ≫っていう話なんだけど、フルネームで検索すればいいじゃんと。でも、情報はまったくヒットしなくて、仮想世界を彷徨って、ようやくひとつの動画にたどり着き。そこにワインについてのインタビューを受けるおじさんがいた。ATSだった。太っていてもATSはATSなので、憧れの気持ちが甦った。以下、私信。

「あなたのおかげで18歳だったわたしが聴く音楽は変わったよ。好きになったバンドを長野に呼んでライブもできたよ。たったひとつの出会いで人生は変わる。わたしはたった一言で、誰かの人生を変えたい? そんな気はないけど、そういう覚悟を持って小説書くよ。あなたに追いつけたと思えたら、ワイン飲みに行くから。でも追いつくなんて無理かも」

思い出すのは『Californication』みたいなせつなさで、でも時間は『Can’t Stop』。『Wet Sand』で作った城はいつか崩れ去るから、死ぬ前に『Breaking Girl』に会いに行きたい。『By The Way』、『Under The Bridge』で待ってるから、RHCPの良さを語り合いたい。ATSに会う前に痩せなきゃだな。『バッドだな』って言われるだろうから。

なかがわ よしの

生涯作家投身自殺希望。中の人はおじさん。早くおじいさんになりたい。

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