忘れかけていた「冷たさ」

住人

飛び交う人の声…

何を話しているのかよく聞き取れない。

ピッ ピッ ピッ

規則正しい電子音。

体は動かなかった。

うっすらと目を開ける。

見慣れた無影灯と白い天井。

背中には冷たい感触。

(どう、なってんだっけ…)

まだはっきりしていない頭で考えようとするも、ガンガンの頭痛で思い出すのを妨害されている。

頭で考えるのをやめ、少しずつ感覚が戻ってくる。

懐かしい感じを受けた。

(ああ、そうか…)

腕から伸びる見慣れたチューブ。

胸から伸びる心電図のコード。

久しく忘れていた、自分の一番古い居場所。

病院だ。

「さらみくん」

視界に現れたのは、小さいときから知っている救命救急のドクター。

「大変だったんだよ」

その言葉で、少しずつ頭痛が弱まってきた気がした。

自分が緊急搬送されたのだという事実を認識した。

胸のあたりが痛い。

この鈍痛を、僕は知っている。

どうやらドレーン(体外から不要な体液を出す管)が入ってるようだ。

「心臓っすか?」

「さすが」

ニヤリと笑うドクター。

これが入ってるってことは、やっぱりそういうことか。

ああ

つまり、また死にかけたのか。

そして生き残ってきたのか。

徐々に思い出してきた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昨晩自宅のトイレで倒れた。

そのまま意識を失った。

・・・・・・

・・・・・・

どのぐらい経ったかわからない。

思考と感覚を微弱ながら取り戻したとき、内側から感じる自分の体の冷たさに気づいた。
(あとで聞いたら、体温が34度まで下がっていたそうだ。)

でも、まだまぶたは開かない。

今まで死にかけたことは何度もあった。

「あ、これは戻ってこられる死にかけだ」という感じがほとんどだった。

ただ、今回は違った。

(あ、死ぬ。このままだと、僕、死ぬわ)

昏睡と覚醒の最中、首筋にあたる死の刃の存在を明確に意識した。

ここですぐにドアに手を伸ばして、二階の両親に助けを求めれば助かるのかもしれない。

(でも)

ふと躊躇した。

(このまま死んじまうのも、いいのかな)

そんな想いがよぎったからだ。

同時に

(君は死んだ仲間たちのぶんまで生きるんじゃなかったのか!)
(生きれる可能性があるのに死ぬなんて不道徳だ!生きたくても生きられない人たちをたくさん見てきただろ!申し訳ないと思わないのか!)

(今まで君をみてくれた家族はどうするんだ!)

(ここまで生きてこられたのは君がなにかに生かされてるからだじゃないのか。君には使命があるんだよ!生きないと失礼だ!)

云々かんぬん…

今まで耳にタコができるぐらい、自他共に言われ続けた”励まし”という”雑音”がどこからか聞こえた。

(うるさい…)

僕は29まで生きたんだ。

先天性で、20歳以上があまりいないこの病気で、余分に9年も生きたんだ。十分だろ。

自分の人生の終わりを自分で決められない国に生まれたんだから、これはチャンスなんだよ。

それに、大好きだったあの子と一緒に暮らせるかもしれない。

むしろこの世より幸せが待ってるんだ。

よくもまあ死にかけの身体と頭でこんなことを考えられたものだと思う。

多分そのときは言語化してなかったのかもしれないが、そんなようなことが頭を駆け巡っていた。

そこで一旦、また意識が落ちた。

・・・落ちかけた。

(バカじゃないの)

誰の声だったかわからないが、聞こえた?響いた?

反射的に、「バカ(で悪かったな!)」と「口に出し」(思った)。

意識は戻っていた。

這いつくばりながら、トイレのドアを開け、「助けて〜」と肺の空気を絞り出した。

3,4回ぐらい言ったろうか。

二階から家族のバタバタとした足音が聞こえた。

(あ、助かっちまった…)

そこからは早かった。(ぼんやりと記憶がある)

台風前夜の雨の中、救急車が早く到着し、そのままかかりつけの病院へ。

ーーーーーーーーーー冒頭に戻る。

処置台で気づいたとき、(あ、生きてる)と思った。

つっー・・・
涙が伝った。

脳髄から尾骨にかけて、氷の塊で撫でられた感じもした。

背筋が凍る、血の気が引く、というやつか。

医師から説明があった。

トイレに起きた時間は2:30 救急車が到着したのが5:30。

3時間気を失っていたらしい。

もうちょっと発見が遅かったり、ベテランの心臓の先生がいなかったりしたら…

今ここで記事を書けていない。

久しく忘れていた「明日何が起こるかわからない、ハイリスクな身体」

「健常者ぶってんじゃねえよ。お前はこっち側の人間だろうが。調子乗ってんじゃねえ。おもい知らせてやる」

悪魔ってのがいるんなら、多分こんな感じのこと言ったんだろう。

いつもなら、これで諦めてた。

(ああ、また病気が邪魔したか。結局何やってもみんなに迷惑かけてしまう)

決まっていた予定は全部キャンセル。

それでも誰一人文句一つ言わなかった。言われても謝ることしかできなかっただろう。

でも、今回は何かが違った。

帰ってくる場所がある。

今まで毎回リセットボタンからのスタートだったけど、この半年間やりたいことをやったことで、人生にセーブポイントができた。

戻ったら、そこから始められる。

不安がないといえば嘘だけど、気持ちには余裕がある。

2週間は病院だろうけど、久しぶりの強制休暇を有意義に過ごすことに決めた。

・・・それにしても、あのとき「バカじゃないの」って頭の中で響いた声は誰のだったんだろう。
白々しい。わかってるくせに。

「事実は小説よりも奇なり」

幽霊は信じてるけど、オーラとか神様とか占いとかは一般程度にしか信じてない。

スピリチュアルおよびフィクション乙っていう声が聞こえるかもしれない。

だけど、なんかあるんだよ。

人生っておもしろいね。

さて、しばらく病人になりますか。

sarami

生き意地の汚い人生を 送っています。

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