「ありがとう」なんて言えなくて

住人

地元は既に雪害の様相を呈しているのに、こちらは「あ、雪…ホワイトクリスマスだね」と駅前で幸せそうなカップルが幸せそうな雰囲気を醸し出している。
やっと住み慣れた街では年末の福引が各所で行われ、師走の名のごとくポケットに手を突っ込んだ人たちが世話しなく移動している。

移植してから7ヶ月が経った。

11月末から2週間ぐらい入院をしていた。
予定されていた入院で、お腹にできた人工肛門(ストマ)の片方閉鎖する手術のためだ。
おかげで点滴が必要なくなり、体調はよくなった。
通常の便がおケツから出るという人生初のことに感動をした。
半年間モノが通ってなかった大腸や肛門が「え、え、なんすかこれ?最近なんか暇だなあ解雇されたかな?って思ってたら、何ごとですか?」と戸惑っていたようだった。

8割ぐらい「健常者」に近づいていった感覚。(残りの2割、まだ点滴は入ってるし、ストマも小さいながらある)
とはいえドクター曰く、移植治療が成功したかどうかは、3年5年先でないとわからない。
まだ治療は続くが、東京での治療はもうじき終了する。


その中で、まだできていないことがある。

ドナーへの手紙

私に体の一部を提供し、お亡くなりになったドナーの方。
もしご本人が臓器移植の意思表示を事前に身分証明書でしていなければ、(していたとしても)またご家族のご意志がなければ、私は今こんな状態ではいられない。

日本の臓器移植は(他の国のことはわからない)個人情報がほぼ完全なかたちで守られている。

どんな人がどんな人に臓器を提供したかわからない。住所はもちろん、身体的な性別も、どんな状態だったかも。
昔なんらかの外国の映像で、娘の心臓を提供した親と、提供された側が抱擁を交わし、胸に耳をあて「おお…娘はここに生きている」と涙を流すシーンがあったが、現在の日本ではそんなことはないようだ。

とはいえ、レシピエント(もらう側)と、同じぐらいの年齢の人からもらうというのが一般的らしい。
手紙は、便箋一枚程度。個人情報が書かれていないか担当のスタッフによる確認を経てから封をして送られるとのこと。

一般的に何かをもらったり、してもらったら「ありがとう」と言う(贈与論云々はここでは問わない)が、今回はそのレベルの話ではない。
文字通り命をもらったのだ。

「ありがとうございます」なんてとてもじゃないけど言えない。

本人に言葉を届けることはもちろんできない。
どんな言葉を書いたとしても、どこにどういう気持ちを届けたら良いのか見当がつかない。

と言いながらも、書く言葉の見当はついている。
頭の中で「こういう言葉を書こう」というのはあるのだ。


ドナーがどういう人かを時々考える。
夢にも見る。

長年病気になっていた人なのだろうか。
出勤時に交通事故にあって脳死になった人なのだろうか。
大切な人はいたのだろうか。
やりたいことはあったのだろうか。

脳死移植は、提供する側とされる側の合意で成り立つ「契約」だと私は考えている。
リレーにも例えられるが、同じ道を歩くわけではない。
一人の人生が終わりを迎え、消える間際に消えそうな命を移動させるわけだけど、ドナーが歩いてきた道はそこで終わる。レシピエントがドナーの道を継ぐわけではない。
だけど、ドナーが見つかりました、と電話が来たとき「受けますか?受けませんか?」と問われる。そこでレシピエントが「はい」と言わなければ、次の待機者に電話が回される。

両方の同意がなければ移植はできない。

また、臓器移植は交換とも似ているとは思う。

ただ、この交換が車などの機械と違うのは、部品ではないということ。
機能としては部品かもしれない。
だけど、臓器には人生が刻まれている。
人の命を背負い込むのだ。
まともな神経でこれを考えたら、とてもじゃないがやっていられない。


幼いころからたくさんの命を見送ってきた。

3歳の女の子は、食事制限でずっと食べられなかったお母さんのカレーを最期まで食べたがっていた。

7歳の男の子は、静かに逝った。入院中、よく後ろからちょこちょこついてきたその子をうるさく思ってた自分は、冷たく当たってしまっていた。

17歳の女の子は、年賀状で亡くなったことを知った。

31歳の男性は、自分も何十回もかかった感染症がたまたま脳に及んで、脳症で亡くなった。

29歳の女性は、お風呂に入ろうね、と家族から声を掛けられて安心したのか心臓が動きを止めた。毎日のようにしていたLINEは2020年8月30日以降返ってこない。


闘病仲間の訃報を聞くたび、見るたびに、彼ら彼女らが生きられなかった分、私も生きようとかつて思った。
だけど、「私もそのたびに思うよ。だけど、それって相手の人生を認めてないことじゃない?そんな重いもの背負っていただきますとか言えないよ」と、ある仲間から言われて、気づいた。

自分が自分の人生をどう生きようと、自由なのだ。(生きるということがそもそもの前提なので、自分の“命”なんだから好きにしていい論とは別)
自分が生きる理由を他の命に求めるのは失礼だと思う。
ただ、ずっと人の命について考えていれば精神が持たない
生活の中でどこか忘れ、そして次第に薄れていく。
その色がセピアなのかもしれない。
思い出は色から消えていく。
色があるのは、自分の目に映っている今なのだ。

ドナーの方が見た景色も色も、私は一つも知らないし、わからない。
ご家族の想いにも馳せることしかできない。そして、馳せすぎると言葉が躊躇する。

だから、こう言おうと思う。
「皆様のご判断から得られ、大切なドナー様からいただいた人生を噛みしめながら、今後の人生を生きたいと思います」と。

「ありがとう」とは言えないけれど、「ありがとう」をどう伝えるか。
その答えがもうじきでるのかもしれない。

sarami

生き意地の汚い人生を 送っています。

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