ちい

住人



過去一番の
なんていうかこう
うざい?記事になりました
なんでかはわからないけどなんかうざいです。
でも直し方がわからなかったので、
もういっそのことましにする作業もせずこのままいってしまえ
とおもったので他人事のようにこのまま投げることにしました。なんだかごめんなさい。
てきとうじゃないです!
てきとうにやったことはないです。
そういうことでした。


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これ題名どうしようかな
ていうかなにかくんだろ??
かきたいなとおもっていることはあるんだけど
ほんとにその話になるのかはわからないので
ここで何か内容の話はできない。
ところでこの初めの文章が残るのかも正直わからない



うーーーーーん
かきだし一発目からいきなり悩む
いや決めてからかけやって
わかるじぶんもおもってる。

おとながきらいなので、それについて書こうと結構この一か月はおもっててそれで考えてはいたんだけど、
今週になって急になんだかあふれたものがあってそれで
少しかきたいことが変わってしまったみたい。

それにしたがうか、
無視しておとなのことかくか、
うーん
まよう。(きめて)


なんでこんなに迷ってるかの一つの理由は、
あなんかこれ最初からかき直す気がしてきた
あふれてきたかくことが、じぶんについてのことだから
だとおもう。そうなきがする。

別にじぶんのことだけをつらつらかくあのくらーい回みたいな感じじゃなくて、
でもあんまりかわらないのかな
今週じぶんのことを考える時間をとりたくて
もんもんもやもやしていたせいだとおもうけど、
じぶんの中の考え方、感じ方について
的な内容になりそう。

なんだこの記事すごいつまんなそう。
まいっか、かいてみよう。(やっっっと)




じぶんのやりたいことについて考える時間が鬼ほどあるのはくるしいんだなあとロンドンに来て初めて知りました。
それくらいここ4カ月(えっもう4カ月)、じかんがあった。
あんなに欲しいとおもっていた、自分のことを考える時間。
欲しいとおもってたというよりはすきで、
やりたいことについてなんて時間があれば毎日、何時間でも考えてた。
ほんとうにむかしから。(たかが知れてるむかしだけど)

日本にいるときは、毎日やることがあった。
学校に行っていたときは、もちろん毎日授業があって、
休み時間(なつかしい)は友達と走り回っていたし、
学校から帰ったらランドセルをげんかんに投げてそのまま友達とそとで走り回っていた。(少年時代)
高校生のときはまいにち本当に部活のことを考えて生きていた。朝から晩まで、月から日まで、年始から年末まで。教室も大好きだったし、楽しすぎて暇な時なんてなかった。
もちろん短大に行くまでは空きコマなんて言葉は知らなかったし、
実際あっても空きコマはどんなに暇でもほとんど友達といた。
授業が終わったら深夜までバイトをして、
稼いだお金で友達といろんなところに行った。

「学生のときが一番時間がある」なんて
あとからわかることだから、
べつに学生のときにも言われてたけど
毎日忙しいとおもっていたし、
しらんわって感じで実感したのはやっぱり就職してからだった。

就職してからの二年半は
月から金、ときどき土日も仕事があって、
体力仕事だったので休みの日はよく寝た。
忙しすぎて何もする時間がない
なんて会社でじぶんが生きられるはずがないので、
就職してからもたくさん考えたし、
たくさんいろんな人に会った。


そしていま。
こうかんがえるとまだたいして生きてないな
なんておもうけれど、
ああもうぜんぶ終わりだ、とおもうことも
こんなに幸せでいいのかな、とおもうこともあった。
いまは忘れてしまっていても、すごく小さくおもえたとしても、そのときそのときの悩みはいつも切実だったんだ。
実は本当によく考え事をしていたとおもう。
そうみえないように、
でもものすごく大量のことを考えて生きてきた。


あまりひとに相談というものをしてこなかったのは、
というか
大事なことを話さないように生きてきたのは
というとすこし感じがわるいけど、
さいごはじぶんで悩んで決めたい、という意志があるからじゃないかな、と最近おもった。

ともだちよりも先生に相談するほうがおおかった。
もちろん
信用できる数すくなーーーいいちぶの大人。(おとなきらい)
しょうじき友達に話してもあんまり意味がないだろうとおもうことが多かった。(ひどいやつ)
ひどいんじゃなくて、そのくらいのところまで追い込んでじぶんで考えて、どうしても納得できない、それかじぶんなりの答えがでたところで先生に話していたから。それに、そこまで考えるのが好きだったから。
よく話していた先生たちは、だれも見くびったりしなかった。
子供だからってあしらったりしなかったし、
ちいが何を知りたいのか、何を考えたのかちゃんとわかってくれていた。
じぶんの悩みなんかを話して、友達を悩ませたくなかったし、その時間が友達にとって無駄だとおもっていたけど(じぶんきらい精神から)、
大人なら少しくらい悩ませてもいいだろうとおもっていたし、むしろ困らせるのが好きだった。(悪趣味)
先生たちはほかのだれかに話したり絶対しなかった。
たまには簡単に考えをくつがえされてなにい!!?ってなったけど、いっしょに外が真っ暗になるまで話せるくらいにはじぶんも考えていた。


じぶんは勉強するより、人に教えてもらうのが好きなんだとおもう。
たくさん質問して、その質問のレベルが低くても、いらいらしないでちゃんと教えてくれる人がいい。(それはそう)
授業中の先生たちより
授業がはやくおわったとき、無駄話してくれる先生が大好きだった。
授業中とは違う人に見えた。





わかってる。
正直いま、なにもできていない。
満足できること、なにもない。
なにしにきたの?
なんでやらないの?
の毎日。

時間がたくさんある。
なのにできてない。
自己嫌悪
「具体的に」

「コツコツ」
が苦手
そんなの致命傷じゃん。
そんなんじゃなにも叶えられないよ
やりたいことなんてできないよ
わかってる。
やらないといけない、
でも苦手なんだ、できなくて、

ちゃんと準備しないと
ひとだよりでなんて、甘い。


わかってるんだよなああああ
でもそうやって生きてきてるんだよなああああ
まちがいなんかなああ
だめなんかなあやっぱりいいいい


ってなってた一週間。
そう、
わたしの特技は立ち直りの速さ。

といっても、
本当に立ち直りは早いんだけど、
(だいたい一日)
なんでかっていうと死ぬほど考えるからで、
けっして楽観的だったり、寝たら忘れられるわけじゃない。
じぶん的には一週間はかなり長いほうだけど、
寝られなかったり、人に会っていてもなんだか
もやもやさみしかったりした。


だけど今日、ふっきれた。
きっかけは、
あったっちゃあったけど
なかったっちゃなかった。(なんやねん)
たくさん考えたから、というのは確実だけれど



ちいは、ちいだ。
いやいまさらなんだってかんじなんだけど、でも
本当にそうなんだっておもった。
だれかがなにか、
成功した道があって、きっとそれは正しく見えるし成功したんだから正しいとおもう。ほんっとにすごいっておもう。いつもおもう。
でも、
きっとちいはその道は歩かない。
これやらなきゃ、あれやらなきゃ
こうするべき、あれは絶対必要
そうかもしれない。
でも
きっとちい以外のだれかにとってなんだとおもう。





世界を考えてひとりで泣きます

みんなに何もできなくてよるに泣きます

解決するべきことが世界にも近くにもこんなにあふれてるのになにもできてなくて泣きます

好きな人を忘れるのは大変でした

ひとのことを考えるのが好きです

だけど家族のことがずっと好きになれませんでした

ひとの話を聞くのが大好きです
そういう人はあんまりいないんだって最近知りました。

優しいって、言ってくれる人がいます。
そんなことないって、本気でおもいます。

でもたまに、
みんながこんなふうにおもってたら
世界はもっと優しくなるのにな、
とおもうこともあります。


就職をしてから、
おもしろい大人にたくさん会いました。
知らなかったことをたくさん教えてもらいました。
ちいがすきだとおもう大人なんているんだ、とおもいました。


自分をほめるのは嫌いだけれど、
たまに認めるのが大事って気づきました。

そしてそれを周りに見せる必要は
わたしにとってはないです。
あんまりプラスにならないです。
じぶんにも相手にも


うつ病になったことはないけれど、
うつ病になりたいとおもっていたことはありました。
うつ病の人の気持ちは、
うつ病になったひとにしかわからないからです。
なったとしても、
ちいはその人ではないので、
全部わかるのはできない
だけどうつ病になったことのないじぶんのほうが、もっと遠くに感じるから、
近くにいきたい
わかりたい、とおもうから
なりたいとおもいました。勝手にです。


その当時わたしの世界のすべてだった学校でやなことがあったとき、
家族はもちろんそれを知らなかった。
言わなかったからです。
当たり前なのに、家でじぶんは
何も知らないくせに
とおもって過ごしていました。
それが間違っていることもわかっていたけどどうしても話したくない自分の勝手を家族のせいに押し付けていました。
家族が嫌いだった理由はこれです。
そしてじぶんが家族を嫌いなやつだということを、好きだといえないようなやつだということを、
家族が大事で、すごい存在だと
わかっていたからこそ
それを認めることもできず
じぶんが嫌いだとたくさんおもいました。


じぶんの知らないところでだれかが苦しむのが何よりも嫌でした。
だれかを“助ける”のは絶対にじぶんがやりたかった。
それが自己満足であったことを知りました。
いまでもそれは嫌です。
だけどちゃんとその人の幸せを一番に考えられるようになってきたとおもいます。




おんなじだ
とおもったひと、いますか?
あんまりいないとおもいます。
ひとつとか、何個か
共感できる人もいたかもしれません。
そのひとはきっと気が合います。
でも、
ぜんぶおんなじ、全部理解できるひとなんて
いないとおもいます。
そりゃあそうです。
これがちいです。

もちろんこれだけじゃないけれど、
増えたら増えるだけおんなじ人なんてもっといなくなります。
そりゃあそうです。
みんな違うんです。
「それじゃだめだよ」
「そうじゃなくてこうしないと」
なんて言わせません。これはちい流だからです。
そもそもあなたとおなじじゃないので何か言われる筋合いはありません。です。
けんか腰になる必要は全くありませんが、
おれの流儀に口出すな。です。(結局けんか腰)

ちょっとふざけたけど、でもほんとにそうだとおもいました。
みんな違う。
あなたとわたしも、
あなたとあのひとも、
あのひととこのひとももちろん違います。当たり前です。
みんな知っています。


やりたいことについてなにか言われたとき、
ぜったいそうだよなあとおもいながらなんとなくもやもやぐちゃぐちゃ何が正しいのかわからなくなる理由がわかりました。



ちいはちいでいたいです。
ちいはちいを生きたい。
ほかの誰でもないんです。
だれかに言われて決めたくない。変えたくない。
決めないし、変わらない。
変えるのは変わらないためです。
ちいはちいをちいのまま、ちいがしたいように生きたいです。
(ちいちいうるさい)
影響されたくない。
やりたいことをやりたいように
あくまでちいらしくいきたいとおもいます。




ひっどい文章です、、、
きっと後悔するべきじゃないかもしれない。
はっ
公開するべきじゃない、です。
でも後悔するべきじゃないのかもしれないですね。
全部かきました。
だああああああって。
おとなの話はしてないけれど。


このまま直さずに出してみようかな。
誤字脱字まつりの日本語さよなら記事です。

みなさんの目に届くときにはもっと良くなってるといいです、
もしくはそのままだったりして。
もしこれが残ってたらきっとそのままですね。
そしたらすみません。



なんにも間違いじゃないんです。
だってあなたはあなたです。
わたしはわたし
ちいはちいです。
間違えたって間違いじゃないです。
失敗も正解です。
やったれちい。
やってしまえ。
なんだか本当に吹っ切れました。
たくさん考える時間があっても、しっかり向き合うまとまった時間って意外と取れないものなので、
月に一回、この時間は本当に、
一番好きで幸せで嬉しくてありがたいです。
貴重です。
わたしにとってはです。



はやくみんなの力になれるちいになります。
きっともうすこし。
頑張ります。
頭はいつでもフル回転です。
疲れるけど楽しいので好きです。

みんなの一日が最高の一日になりますように。
ちゃんと力になれるまでは祈らせてください。
頑張ります。





ちい

人と話すのが好きです!その人のことを考えるのはもっと好きです。自分の”好き”になりたい、と思っています。

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