もやもやしている

先月のおわりごろからずっともやもやしている。
月に一度の13日、もやもやにまかせて書いてみようと思う。
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だれも悪くない。悪いのは全部新型のウイルスのせい。
分かってはいるんだけど、どうにも納得がいかなくて、それだけじゃないような気がして。
ウイルスの拡散度合いがいよいよヤバいってなって、国のいちばん偉い人(暫定)はまず、
人が大勢集まるイベントの開催を「自粛」するよう「要請」した。
ずるいなぁと思った。
「自粛」を「要請」するという言葉のずるさ。政府としてはこういう考えでいますけれど、最終的な判断は主催者のみなさまに任せますよ。って。よくもまあ責任は全部主催者に行くように上手く事を運んだなあ。
出演者や関係者、観客の健康を思ってやむなくイベントを中止した主催者には、会場代という名の大きな借金が残る。でもそういった会場を管理する人とその家族は、そのお金がないと生活していけないわけで。かといってイベントを決行したら今度は世間からバッシングを受ける。人の命より金儲けか、って。
どちらを選択しても苦しい。選択したのは主催者自身だから。
いっそ「禁止」してほしかった。すべての損害を国で補償しますから、国民の健康をまもるために今回は開催を見送りなさいと言ってくれたなら、また違ったかもしれないのに。
そしてそうこうしているうちに、全国の小中高校に臨時休校が要請された。
ニュースで見た会見の様子は、正直、パフォーマンスにしか見えなくて。
対策してますよアピールのために子どもたちとその親を巻き込まないでよという思いで頭がいっぱいになってしまった。
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それでも、国のいちばん偉い人(暫定)たちのお触れにより、実際に人々は休日のイベントに行かず、学校に行かずに生活をしている。
なんて大きな影響力なんだろう。当たり前のことだけど。
わたしひとりが、嫌だなぁ、間違ってない?ともやもやを抱えたとて、日本全国をこれだけ動かすことはできない。政治の人ってすごいなぁ。
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きのう、海外に単身赴任をしているお父さんから家族に電話があった。
苦しいけど書く。
いろいろな話をしていく中、お父さんが家族の一人の行動に腹を立てた。声を荒くし、会話のさなかに怒りをあらわにしてきた。
驚いた。いつの間にかわたしは、お父さんのこういう怖い部分を見落として美化していたのだということに、自分は恵まれた家庭に育ったなあと根拠もなく信じていたことに気付いた。
そして、はじめて親に失望するという経験をした。愛情たっぷりに育ててもらったと思っていたし、たぶんそれは間違いないのだけど、なんだか信じられなくなってしまった。わたしたちはこれまで、気に入らないことがあったから怒られていたのかと、わたしたちのことを思って叱ってくれていたのではなかったのかと、いやもちろん全部が全部そうではないと思うけど、イラっとしたから檄を飛ばしていた場面もあったのかと、
そりゃ、もちろん両親だって「お父さん」「お母さん」という完璧な生き物ではないだろう、わかっている、でもあまりに、あまりに、21年間生きてきて知ってしまった、自分とは違うタイプの思考回路をもつ人間が、想像力を働かすことがむずかしい人間が、血のつながった親族の中にいるなんて。
わたしは怒りの沸点が低いから、そのときはなんとなく受け流して電話をきってしまったけど、今になってたくさん考えてしまう。あのときもっと言い返していたらどうなっていただろう。
突き詰めたら、「誰が金を出してやってると思ってるんだ」と怒鳴られたかな。うわ、いやだ、今まではそんなことなかったのに、怒鳴るお父さんを簡単に想像できてしまう。
そう言われたら何も言えなくなってしまうな。大学までの学費も、21年間の生活もすべてお父さんの扶養のもとであったから。強いな、世帯主は、すごいなぁ、家族4人を養うために働いてきたお父さんは。
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もっと大きくなりたい。
日本にいる何億人、もっと言えば世界にいる何十億人からみたら、わたしなんてちっぽけだ。
もっと強くなりたい。
世の中お金がすべてではないと思うけれど、家族が生活するためのお金を稼げるお父さんと比べたら、バイトもまともにできない今のわたしはとっても弱弱しい。
いろいろな人と対等に話せるようになりたい。自分に負い目を感じないで、自尊心を背骨にとおして。
わたしはくやしいのだ。21年間生きてきて、自分にできることがあまりに少なすぎることが。くやしい。くやしい。こんなにくやしい気持ちを抱いたのは生まれてはじめて。
これまで甘ったれて生きてきた分のツケが、社会の中のわたしに、家庭の中のわたしに回ってきているんだ。
早く大人になりたい、自分の足だけで立てるようになりたい。何にも守られなくても、自分の行動に対する責任をすべて背負うことのできる、自立した人間になりたい。
たくさん勉強しよう。学生でいられる期間は限られている。学問だけでなく、生活のこともたくさん学ぼう。自分のために。
そしていつか、自分のために身に着けた知識とか教養とかいうものが、守りたいだれかの武器として役に立つように。
たくさん表現しよう。ひとりひとりの頭の中身を覗いて理解する技術は、残念ながら言葉や文章、絵や音楽、その他たくさんの表現活動以外には確立されていないのだから。
せっかく歌うことが好きで、せっかく想いを文章にすることが好きなのだから、せめて自分の手に届く範囲にだけでも伝えていこう。それがいつか、世界のどこかの誰かにつながるかもしれないから。
わたしはわたしのために世界に干渉することをやめないぞ。
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記事を書いたら数日抱えていたもやもやがすべて言語化されてしまったなぁ。
おどりば、ありがとう。
そしてここまで読んでくれたあなたも、思考の濁流を浴び続けてくれてありがとう。
また来月。
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