若い頃は無敵だと思っていた

住人

 今年で45歳になるおじさんは振り返る。そう、若い頃は無敵だと思っていた。以下、前置きだが、長いので面倒くさい人は、最後の三行までぶっ飛んでくれ。そこに言いたいことを書き記しておく。

 23年前。私は音楽雑誌編集者として働いていた。音楽が好きだった。雑誌が好きだった。それ以上に文章を書くことが大好き大好きで。
願ったり叶ったりで、編集部に飛びついたわけじゃない。商業的な雑誌だったから、どこかで否定していた。うん、生意気だったな。
今から考えたら、好きなことを仕事にできるなんて、ほぼあり得ないことだ。無敵だったから、感謝をしなくても暮らしていけたが。
CDが100万枚売れるなんてザラな時代で、音楽雑誌も売れに売れた。だから給料も破格。若かったくせに、月に60万円ももらっていたヨ。そして、月末には使い果たしたヨ。
豪快な若者だった。
無敵だった。
その代わり、仕事を遂行するためには、若さを切り売りせねばいけなかったけれども。
ほぼ毎日徹夜。深夜タクシーで耐える日々。校了期間は編集部に寝泊まりして、健康なヒビ。激務すぎて女の子と出会うきっかけなんてあまりなかったし、性欲も減退していたナ。好きな音楽によって苦しめられ、好きなバンドのライブを楽しみに生き延びた、皮肉。
それでも振り返ると幸せな時間をすごさせてもらったわけで。18歳で上京に東京するきっかけになったバンドの人に会えたりもした。緊張してガチガチで、自分の思い@感謝は1ミリも伝えられなかったけれども。
加えて、次々と新しい音楽を聴きまくれた。毎日に音楽フェスみたいな運命の出会いが多々アリ。挙げたらキリがないけれども、フィッシュマンズに出逢わなかったら、妻とは出会っていないから、あの年、新宿リキッドルームでライブが観られたことは、人生で一番の運命だな(妻とはどう繋がるかは割愛)。
本当に死にそうだった毎日。号泣しながら深夜仕事をしたこともあったっけ。素敵な先輩に出逢えた。すごい上司に恵まれた。無敵だった日々は、そんな人たちのおかげなのに、なんとも思っていなかったのは、やっぱり無敵だったからで。

 前置き=≪前奏+Aメロ+Bメロ≫は、もうちと続く。何度も書くが、言いたいこと=≪サビ≫は最後に書く。
だから、これから最後一歩手前までの文章は≪間奏≫。飽き飽きした人は、すっ飛ばしてもらっても構わない。最後だけ読んでくれ。

今、私は生活弱者だ。無敵の微塵もない。男としての稼ぎもわずかで、ぜえぜえはあはあ言って暮らしている(´Д`)(´Д`)
 今の人生、不自由なことばかり。精神疾患でろくに働けないし、どこかへ旅立つ資金もない、若さのかけらもなくしてしまった。かろうじて救いなのは妻に恋をしていることだけれども、向こうがどう思っているかは、計り知れない。娘への愛情は恋に似ているとはいえ、やっぱり恋とは明らかに違う。
肉体も衰えてきた。ダイエットのために、30分も走ればクタクタで、泳ぐのだってすいすいは泳げなくて、向こう岸まで行くので、やっとこ。
それ以上に酷いのは脳の衰え。娘が教えてくれるアイドルの名前やおすすめの曲のタイトルさえすぐに忘れる。新聞を読んだりニュースを見たりして、時事を理解したつもりなのに、数日すると、どういうことだったっけって、なる。
精神力は年を重ねていけば、揺るぎないものになると勝手に思っていたんだけど、そうではないらしい。むしろ、ストレスに我慢弱くなるし、ちょっとしたことで怒る。総じて人間として退化していってるみたいだな。
 で、ドオスル?!
 それでも、まだ生きてゆかねばならない。家族と一緒に過ごして逝きたい。言い訳なんかせずに、猪突猛進でいかなくては!
 つまり必死に生きたい。命汚して行きたい。死ぬと浄化されると思うから、肉体が死を迎えると、命という魂は透明になる。その前になんとか野望を果たしたい。まずは、小説を世に出す。それで、会いたいあの人にもう一度会って、感謝の気持ちを伝える。
そのためには、惜しむ間もなく、精一杯やるしかないし、やるなら今しかねえってわけで。そんな決死の表情を笑う権利は何者にもない。一生懸命ってことは、その人の価値だな。だから、45歳のおじさんは思うんだよ。

全力で≪生きてる》って叫んでる姿は、今だって、いつだって、無敵。そんな人は絶対的に≪無敵≫。だから怖がらずに、突っ走れ。
以上!

中川 よしの

生涯作家を志すおじさんです。 なにゆえに書くのか、自分でもわかりません。 これから≪おどりば»で自問自答してゆきます。 45歳、長野cityにて妻、娘、ねこ...

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