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住人

 

先日、久々に居酒屋に行った。
その時に友人に褒められた。
僕を含めて4人で一緒に飲んでいた。
褒められた僕は「いやあそんなことは、ないですよお」と言った。
内心はとっても嬉しい。
友人は飲み会の中で何度か僕を褒めてくれた。
その度に、僕は「いやあ」と返した。
すると、何回目かのタイミングで友人が「褒めたら全部否定するよね。なんか、違和感あるな」と呟いた。

 

僕は正直、「!?」となった。
褒められたら謙遜することが、正しい反応だと無意識に思っていたのだろう。
謙遜することで「いやあ(そんなこと言ってくれて嬉しいけど、こんな僕を褒めてくれるあなたこそ素晴らしいじゃないですか!本当にありがとうございます)」を表現できているもんだと思っていた。

僕は「違和感あるな」と言われた時、少しイラつきも感じてしまった。
あんたはありがとうを言われたいから人を褒めてんのかと。
僕は他人を褒めて「そんなことないですよ」と言われても、そのニュアンスが否定じゃなく謙遜だと感じることができればちっとも悪い気はしない。
ただ、どうやらネットで調べてみると、人から褒められたら「ありがとう」と感謝をすることが良いという意見も多い。

 

褒める、褒められるは、双方のコミュニケーションだ。
褒められた方は、褒めた方を気持ちよくする返しをするのが良いコニュニケーショなのかもしれない。
相手の言葉を素直に受け取りつつ、かつ謙遜も行なっていく。
完全に自分を落とすのではなく、ほんのすこしだけ落としてみる。
「ありがとうございます。でもそれはあなたのおかげですよ」
「やっとできるようになりました。まだまだなので頑張ります」
「そんな褒められるほどのことではありませんが、そう言ってくれて嬉しいです」
こんな具合だろう。
そんでもって褒めてくれたのが”あなた”だからこそ嬉しいのだということを伝えるともっと良い。
「初めて言われました!」
「そんなところを見てくれているなんて・・・」

謙遜は、大勢の場では他の人から妬まれないための防衛反応でもある。
誰かから褒められ、自分だけが注目を浴びたとき、ネガティブな評価を周りに食らう前に自分がそれを先取りする。
ということは、謙遜は多人数の場では重要だが、一対一の場ではそんなに必要ではないのかもしれない。
また、謙遜をしなくても、高度なテクニックとして使える人は、あえて褒めに乗ってみたりもする。
「君の車かっこいいね」
「いやあ、そうなんですよ。僕天才なんすよ」
昔の友人にこんな奴がいた。
なんでも褒めると自分は天才という解に導いてくれる本当の天才だった。
人によってはこれがなんとも気持ちよく、和やかな雰囲気になる。

 

さて、褒めるほうもただ褒めれば良いってもんじゃあない。
むしろ褒めることに甘えて楽をしてんじゃねえぞと警告を出したい。
褒めることが、相手にとって負担でマイナスとなることもある。
みんなの前でその人だけを褒めるのは先述の通り嫉妬を生み出してしまうし、他人との比較で褒めてしまうと結果的に誰かを落としてしまう(誰よりも~だね!とか、この中で一番~だね!とか)。
褒めるときはその人のオリジナリティを褒めるべきで、もし誰かと比べるのであればその比較対象は「自分」にしなければならない。さもなければ、結局誰かを貶すことになる。
そして、褒めるときの心構えとして大切なのは、その人から感謝をもらいたいではなく感謝を与えたいという思いで褒めろということだ。

僕は、人を褒めるというのは、その人がいつかどこかで自信を失いそうになってしまった時に、ふと思い出して前向きになりその人を守ってくれるための、言葉のお守りをお渡しするような行為だと勝手に思っている。
なので、その場で喜ばれたりしなくても別に良いのだ。否定されても勝手に渡しておけばいい。人に対するポジティブな行為は、ギブの精神であるべきだ。見返りを求めようとしても上手くはいかない。
褒めるときも、しっかりと自分のコミュニケーションのあり方を問うてみたい。

 

僕がこれまで人を褒めてきた経験を振り返ると、褒められて「ありがとう」と言える自信を持った人よりも、「そんなことない」と謙遜する人の方が、褒めた僕に好意を持ってくれることがなんだか多い印象だ。
褒めた後に僕に対する反応が明らかに柔らかくなるし、逆に僕をたくさん褒めようとしてくれる。
つまり、ありがとうがなくたって、その後のその人の言動を見れば、褒めを受け取ってくれたかどうかは感じることができる。
これだから、日本語というのは面白い。日本人の文化というのは、高度だなあと思う。
いろいろと、楽しみながらやっていきたい。

 

と、なんだかんだ喚いてきたが、
やっぱり結局は、「ありがとう」を、目を見てしっかり伝えたいなと、とある夜、思った。
親でもないのに自分の良いところを伝えてくれる人。
よく考えたらかけがえのない存在である。
先の飲み会で褒めてくれた友人は、その後もやはり何度も僕の魅力を言葉にして具体的に伝えてくれる。
その人と接したあとには不思議とエネルギーが貯まっているのだ。
僕の明日の生を、その人は確かに支えてくれている。
ごちゃごちゃすみません。
ありがとう。

soshi

1991年生まれ。長野市出身。 大学の専攻はジャーナリズム。休学し9カ国放浪後、地元市役所に入る。福祉部門に配属となり、障害者のソーシャルワークなどを行なう...

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