コミュ障の私は夢を語ることもできない

住人

Q2はラク単目指したけど、結局真面目に予習復習しないとラクだからって楽しくはないし意味ないよなって思ってる7月です。七夕のお願いは大好きな歌手がずっと健康で楽しく歌っていられますようにってお願いしました。7月に入って最初の週末は夢の国とライブに行きました。とても楽しかったです。


バイト先のマネージャーさんに「manakoちゃんてコミュ障だよね」と言われました。そうなんですよ。コミュ障なんです。大好きなアイドルやゲームのキャラクターの話となるとマシンガントークを炸裂させるのに、初対面の人や大勢の前だと何を喋っていいのかわからなくてずっとうんうん頷いて聞いているだけになってしまいます。私は一応地域創造やまちづくりを専攻しているので、誰かと話すということは学を修める上でとても大事なことなのですがこれはまずい事態ですね。高校生の時はイベントに月1回は参加して不特定多数の人とたくさん話したり、自分で日記を書いていたので考えをまとめる訓練ができていたのですが、こっちに来てから両方疎遠になっているのでそろそろ再開すべしってことですね。


さて、今回は最近私が悩んでいることを書こうかと思います。授業でワークショップをするのですが、毎回「働くってどういうこと?」「自分と地域はどのように関わる?」「地域で働くとは?」というようにとにかく地域と働くことについてブレストしたり意見交換をします。私はまちづくりを勉強したくてこの学校に進学しました。なので毎回のテーマについて意味がわからないと思うことはないのですが、最近悩みというか、もやもやした感情で授業を受けています。

それは、自分の意見を伝えるとき、高校生の時にイベントで発言した内容と変わっていないということです。例えば、「地域創造学類(私が通う大学では学部学科じゃなくて学域学類と呼びます)で自分はどんなことを学びたいのか」という設問に対し、30秒から1分程度で思いつくのが「地方の地域におけるハード面ではなくソフト面での課題解決、ハードとソフトをつなぐ役割に必要な知識や能力を身につけること」という文なのです。その場で聞かれたらこれぐらいしか私には言えません。これは高校生の時から目指す大学を聞かれた時に自分なりに答えをまとめていたものです。誰かに聞かれたときは大体こんな感じのことを言っていました。それが身に染み付いちゃってなにかとその答えでしか反応できなくなってしまったようです。これは私にとってゆゆしき自体です。大学生になったんだからもうちょっと深い話をしろよ、と思うんです。でも、それができなくなっている気がします。

大学生になったら同じ目的や志を持つ人とたくさん話せると思っていました。私がどうして公務員になりたいのか、どうしてまちづくりをしたいのか、とにかくいろんな人と話して自分の考えも深まるものだと思っていました。でも、それができるのは自分からアタックした時だけなんですよね、きっと。自分でイベントに行ったりして話を聞いたり意見を交わすことで身になるもので、環境が変わったからって自分の中身まで変わってはくれないんですよね。尊敬する人に会いに行くとか、人を紹介してもらうとか、自分が動かないと何も始まらないですよね。


なんか、常にアンテナ張ってた高校生の自分が羨ましくなってきちゃった。

ついでに、自分の夢くらい堂々と語れよ、語れるようになれよ、とか思った。

私は大学にやりたいことを見つけるために来たんじゃなくて、やりたいことを実現するために来たんだから。





大学生がまちづくりとか地域に興味持って活動するのって、ある意味当たり前じゃないですか。いろんな大学がそれっぽい学部を作ってるから。でも高校生がっていうのは正直珍しい気がする。高校生の時からやりたいことを見つけて実際にそれをやっている大人と話しておくことは自分にとって宝物になるし、いいお手本になると思う。とりあえず過去の自分に感謝しつつ、高校生の自分が失望しないようにならねばと思う今日この頃です。

manako

進学で長野県外にいます。ときどき思い出す言葉は「理解するのではなく認めよう」

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