たかむらで

３月の１日の日曜の昼間、近所のパン屋ボナペティで買ってきた丸太ブレッドを食べていたら、千曲寮（大学のときに住んでいた県人寮）時代の友人K氏からラインが入った。
３月はやることが多く忙しかったので、少ない候補日を伝え、３月７日の夜に会えることになった。

　

管理人さんが営んでいる居酒屋に行くことになった。
管理人さんとは、千曲寮で毎日僕らに料理を作ってくれた方だ。
もともと千葉で長年店を構えていたため、料理の腕がすごい。
和食も洋食も何でも作ってくれた。
中でも僕が好きだったのは、カツ煮である。
管理人さんのカツ煮を超える味は未だない。
とんでもない旨味が染み込んでいて、卵と肉のバランス、衣の厚さ、肉汁の量、全てにおいて完璧である。
朝から食べるラーメンも、土曜の夜の大根だけの味噌汁も、たまにしか出ない大盛りの焼き飯も、冬限定の熱々鍋焼きうどんも、シンプルながら癖になるもやし炒めも、本当に本当に美味しかった。
５年間、この寮で管理人さんのご飯を食べることができたのは、大げさではなく幸せだったと思う。
僕らが卒寮してから間も無く、管理人さんは寮での仕事を引退し、千葉での生活に戻った。

　

K氏が管理人さんに連絡を取り、店を予約してくれた。
寮生時代の友人何人かに声をかけ、一緒に飲む人を集めてくれた。
K氏は、数年前に結婚し子供もいる。それなのに、フットワークが軽くて、ふとした時に連絡をくれる。日程を無理矢理合わせてくれたり、いろんな人を巻き込んでくれる。
彼は、他人や物事に対して恐ろしいほど真っ直ぐな好奇心を持っている。心の底から興味関心を持つことができる。なので、ものすごく質問をしてくるし、その答えに対してさらに考察を加えて話を広げてくる。
彼と話していると、自分自身との対話がはじまる。
「どうしてそう思ったの、なぜそう考えるの」と彼に言語化を求められる過程で自分自身に対して問いを繰り返す。普通ならそれは苦しいかもしれないが、彼の純粋な好奇心のおかげで、とても気持ちがいい。
大学時代の５年間、彼との時間はリベラルアーツだった。彼と話すごとに、生きることが楽しく自由になった。
僕は彼のこの人間的な魅力をずっと尊敬している。

　

当日、仕事を終え電車に乗り、千葉県市川市にある南行徳駅に19時頃到着した。
Googleマップを見ると、居酒屋は駅から徒歩15分くらいだ。
駅を出た途端雨が降り始めていたので、急いで向かった。

道端にポツリ、赤色の「居酒屋」と書かれた暖簾の下から、ホッとするような明かりが漏れていた。
「からあげ」と書かれたのぼり旗と、「焼鳥」と書かれた提灯。
玄関横にはライトに照らされた木々が生い茂り、お店の味を醸している。
中に入ると、K氏と、T氏と、後輩のM氏が3人でテーブル席を囲んでいた。騒ぎながらこっちを振り返り、また騒ぐ。
左手のカウンターの中にいる管理人さんが、「おお、来たねえ」と笑って、カバンとコートをすぐに奥の和室に持って行ってくれた。
暖かい空間だ。初めて来たのに、初めてとは感じない、居心地の良い空間だ。

数年ぶりに会う管理人さん。すごくいい表情をしていて嬉しかった。
K氏は数ヶ月ぶり、T氏は数年前の結婚式ぶり、M氏は卒寮以来初めてだ。
管理人さんの奥さんも顔を出してくれた。奥さんも、寮生時代にはたくさんお世話になった。いつも明るい表情で話しかけてくれて元気をくれた。
たまに作ってくれる出汁味のおにぎりが美味しかった。

21時過ぎには結婚祝い帰りのTH氏が合流した。
酔った勢いの電話をかけ、無理矢理呼び寄せた。彼とも卒寮以来だ。
焼き魚や、天ぷらや、玉子焼、肉トーフ、唐揚げ、うどんやお茶漬けなどを食べた。
なんと、カツ煮もメニューにあって、もちろん食べた。
元寮生4人と、たまに管理人さんも入り、当時の思い出話をひたすら笑いながら話した。
今どんな生活をしているのか、これからどんなことをしようと思っているのかを話した。
それぞれの方面で、苦しい思いや葛藤を経験しながらも、しっかり自分を持って生きている。そんな彼らと話して、自分も、月並だけど、頑張ろうと思った。
終電が近づき、お会計をした。
あの大盛りの天ぷらの値段が見当たらなかった。

　

　

夜中の1時近くに、相模原の自宅に着き、眠った。
都会には、頑張っている人がたくさんいて、みんなそれぞれの自分を生きている。
いつまでも、いい表情でいたい。
自分を大きく見せるでもなく、目立とうともがくのではなく、変わることを受け入れながら、大切な人を想いながら。