いま、語るべき男がいる

その男は、常に闘っていた。
わがままで、減らず口で、くそ真面目。
先輩に歯向かったり、後輩を連れまわしたり、
遠征先から勝手に帰ったりした。
センスのかたまりで、人を熱くして、人に夢を与えた。
そして、闘いの場から突然去った。

彼の闘いのホームタウンは、
彼のそのすべてを受け入れていた。
そして、彼をナショナルな存在として押し上げた。
押し上げられた先にいた当時の統率者は、後にこのように語る。
「この戦術は、彼がいないとやる意味がない。彼の存在は不可欠。」と。

ナショナルな存在ではなくなった後も、
彼はホームタウンの聴衆から愛されていた。
いや、ホームタウン以外の聴衆からも愛されていただろう。

しかし、ある日、彼の右ひざが、悲鳴をあげた。
その悲鳴は、彼を聴衆の元から遠ざける
悪魔の囁きと化していった。
囁きに魅入られた管理者は、彼を聴衆の元から引き離した。
ホームタウンが悲しみに包まれた。

悪魔の囁きも、ところ変われば、
天使のお告げと化すこともある。
お告げを受けた管理者は、すぐに動いた。
そして、彼と出会い、いま彼に見せられる現況を見せ、
伝えられる思いのたけをすべて語った。

彼は、悩んだ。
元のホームタウンから離れることは覆せなかった。
しかし、新しいホームタウンに移るのがよいのか悩んだ。
そのような中、突然、異邦人となる選択肢も生まれた。
さらに悩んだ。時だけが経っていった。

彼は、決断した。
お告げを与えた天使がほほえんだ瞬間だった。
新しいホームタウンは、元のホームタウンとは全てが異なった。
プロフェッショナルという言葉とは無縁の地だった。

彼は、目標を立てた。
それは、前人未到のものだった。
しかし、新しいホームタウンに来て早々、
淡々と力強く、その目標を語った。

目標を達成するために、彼は自分ができることはすべてやった。
とにかく動いた。とにかく話した。
とにかく叱った。とにかく叫んだ。
とにかく遊んだ。とにかく走った。
とにかく人を、チームを、街を、熱くさせた。

淡々と力強く目標を語ってから半年を少し過ぎたころ、
彼は、決して受けてはならないオファーに誘われた。

突然すぎて、誰も止めることができなかった。

彼の掲げた前人未到の目標は、彼が闘いの場から去った後、
その意志を継ぐ戦士たちにより成し遂げられることになる。
1度ならず、2度も成し遂げられた。
しかし、その頂には未到である。

彼が、元のホームタウンから離れる際に、
悲しみに暮れる聴衆に叫んだ言葉がある。

「俺、マジ、サッカー好きなんすよ。」

サッカーを愛し、
横浜、松本と2つのホームタウンに愛され、
語り継がれるべき男。

彼の名は、松田直樹。

のぶさん

鉄道とサッカー観戦と読書が好きで、常に何かと闘っているひと。

プロフィール

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