行動力

住人

私はよく「行動力があるね」と他人から言われる。

平均よりは、あるかもしれない。

やってみたい!と思ったことはけっこうやるし、食べてみたい!と思ったものは食べるし。
そもそも、「~したい」よりも「~しよう」の方が多いかもしれない。

それはたぶん「自信」があるからだと思う。
「失敗してもどうにかなるだろうから、やってみよう!」というスイッチが、簡単にONになる。
なんでこうなったのかな?とちょっと自己分析をしてみる。

子どもの頃も今も、自分の頭の中に新しい「知識」が入ってくるのが好きだ。

ひらがな、カタカナ、漢字を覚えるのも早かった。
たぶんだけど3歳くらいの頃、「ノンタン」というネコのキャラクターのカルタにハマっていて、眠れない夜中にお父さんを起こして、一緒に付き合ってもらったくらいだ。笑

カラフルなつみ木やブロック、おりがみで遊ぶのが好きだったせいか、色の名前を覚えるのも早かったらしい。(これもたぶんだけど3歳くらいで、「やまぶきいろ」と「だいだいいろ」を区別してたと思う。我ながらすごい。)
あ、絵を描くのも好きだったし、国旗の絵本も好きだったなあ

そんな私は、「学校」というシステムの中で「優等生」だった。
何かを頭の中で考えたり、覚えたり、それをまた引きだしたりすることが好きだったし得意だったので、いわゆる「勉強ができる子」だった。「はるさんは頭がいいね~」と、たくさん言われた。
そういう人の多くは、班長や生徒会の役員など、「リーダー」に選ばれたりして(今思うと、4月生まれで少しオトナだった、ということもあるかもしれない。。。)、その結果、責任感が強くなったり、「自分がみんなの代表だから、率先してやらないと!」という気持ちが芽生えたりして、なんでも一生懸命やるようになる、のではないかと思う。
少なくともそれは先生たちから見たらとても印象がよく、通知表なんかではけっこういつも好評価をもらっていた。

こういう、外からの評価は、私の根底にある「自信」を構成しているひとつだと言える。
だって、ほめられたらうれしいもん!

でも、うちの両親は、例えば私がテストでいい点を取っても、「よかったね~。」くらいで、私が期待していたほどほめちぎってはくれなかった。笑
これは特に中学生の頃で、学校だと、同級生が「すごーい!」とたくさん言ってくれるので、それは素直にうれしかったし、「お父さんとお母さんも私のことほめちぎってくれるかな?」なんて調子にのってテストを見せるのだけど、毎回見事に「あ、そんなにたいしたことじゃないと思ってるのね、、、」と、少し打ち砕かれていた。笑

今思うと、両親のこの対応は、けっこうよかったと思う。
父だったか母だったか忘れたけど、「この学校の中ではできる方かもしれないけど、外に出たらそういう人が他にもいると思うよ。」と言われたことを今でも覚えている。

高校や大学を選ぶときも、相談こそしたが、「ここに行きなさい」とか言われたことは全くなくて、けっこうその話し合いの様子は「会議」みたいな感じだった。
特に「家族会議」とうたっていたわけではないけど、うちの家族は議論が好きだと思う。

ここで何が言いたいかというと、家族のサポートこそあったが、私はわりと「自分のことを自分で決められる」環境にいたのだと思う。
何かにtryして、いい思いをしてもいやな思いをしても、それは自分で選んできた道だ、そして私はちゃんとその道の上に自分の足で立っている。そういう感覚が、自信につながっている。
ということも言えることだろう。

他にも私の「自信」を構成している要素はあるだろうけど、とにかく、基本的に「自信」がある人生を歩んできた。

そんな私が、ものすごく自信を失った時期がある。
25歳くらいのときだ。
「私なんて、米つぶみたいなもんだ…いや米って人のおなかを満たしてくれるし、そんなこと言ったら米つぶに失礼だあああ…!!!!」みたいなことを、毎日思っていた。時にはごまになったり、きな粉になったりしながら。

それは中学校の先生をやっていたときで、初めて担任を持たせてもらい、生徒のことやら保護者のことやら、はたまた学校の仕事(校務分掌)やら次の日の授業の準備、宿題のチェック、テストの準備になんやかんやと、とにかくいろいろなことに最大限の「気」を使いながら、なんだかよくわからないまま次々と湧いてくる仕事にぶつかっていた。時には日付をまたいで学校にいたこともあった。I know, it’s CRAZY!

何かを考え出すと止まらないし、なんでもできるだけ完璧にやりたいし、ひとりひとりの子どもにちゃんと向き合わないとダメだと思ってるし、、、そういうくそまじめな性格が、裏目に出た。

ある日突然、学校に行けなくなった。
いや、行ったんだけど、涙が止まらないし心臓がバクバクする、頭も働かないし、体も思うように動かせない。
とても生徒の前に立てる状態ではなかった。

数日後、4ヶ月の療養休暇を取ることになった。
精神科にも行った。
診断名は「うつ病」だった。

そういえばもう何回も、「死にたい」と思っていたし、
休んでいても一日中ふとんから出られないし、
「やる気」のやの字(どころか最初の1画目)もどこかに行ってしまっていた。

そう、それはそれまでの人生の「私」とは正反対な「私」だった。

休んで少しした頃、
「今まで、がんばればなんとかなる!という法則に基づいて生きてきたけど、どうやらがんばってもどうにもならないこともあるらしい。」ということを、ふとんの中で悟った。

私が休んでも、学校もクラスも、私が担当していた授業も、みんな、私がいなくても回っていた。
悔しいけど、それが事実だった。
でも、その事実を知ったとき、少しラクになった。

その後、私は復帰したが、2年後にまた行けなくなった。

その時は前回とは状況が少し違ったが、飲んでいた抗うつ薬を勝手にやめてしまっていたことも、要因の一つだったかもしれない。
「このまま学校の先生を続けるということは、この薬をずっと飲み続けるっていうことかもしれないなぁ…」ということに気づいて、辞めることにした。

だって健康がいちばん大事だもん。
またふとんの中で「死にたい」と思い続ける日々なんていやだもん。

そんなわけで、学校の先生を辞めて、、、2年ちょっと。あれ、意外と短い。笑
今、私はニュージーランドにいる。薬はもう飲んでいない。
かつて育んできた「自信」は、徐々に復活(なんならpower up笑)して、今の私をめちゃくちゃ助けている。
そしてまた「新しい環境でも楽しみながらなんとかやっていけている」ことで、自信をつけている。

日本の人は、こんなに自信たっぷりな人、いやかもしれない。笑
でも、しょうがない、これが私だから。
くそまじめなのもしょうがない、そういう性質だから。
だから、それが生かせる場所を探して、生きよう。
そう思って、日々、生きている。

羊=ニュージーランドっぽい写真

harucabbage

流しのEnglish teacher を経て、New Zealand でギリホリ中!自分で食べるものを自分で育てたい。

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  1. さらみ

    すごく、共感できる文章でした。
    ただ、harucabbageさんと自分との違いは、自分はまだ学校にいるということ。そして、自信より不安が先行してきまっていることかな…
    自分はまだ自分の世界から飛び出せていない。
    「何かあったらどうしよう」という想いが最後の足を離してくれない。
    いつか、いつか自分も自信をもって外に飛び出すことができればいいな。

    • harucabbage

      さらみさん、コメントありがとうございます
      初めて海外に行ったときのことを思い出しました。
      大学1年の冬に、友達とふたりでカナダに行きました。
      そのときお世話になっていた先生に、「ツアーとかじゃなくて、自分たちで計画立てて行った方がたのしいよ〜」と言われたので、間に受けて、全部自分たちで手配したら、めっちゃ大変だった笑
      でも、カナダでオーロラを観れたときに、「うわー!来てよかったー!生きててよかったー!なんとかなるもんだ!」と思った!
      何が言いたいかというと笑、ちょっと勇気を出して飛び出してみて、いい思いをするとやみつきになるよ、ということです。笑
      バンジージャンプ?笑