0か、100か、ではなくて
今にも雨が降りそう、
そんな空だった。
あたりは急に暗くなって、
雷もごろごろ鳴ってきた。
ある日の帰り道。
仕事が終わって着替えて外に出た。
「雨、降りそうですね」
「そうだねぇ」
「先輩、今日自転車のってきます?途中降ったらびしょびしょでやだなぁ」
「そうだねぇ、駅まで自転車でいければよしとするかな」
よくある、たわいもない会話だ。
よくあるかもしれないけど、私には「あ!」とさせられた会話だ。
私は〔雨〕と聞いた時、
=びしょびしょになって帰る
=歩きで家まで40分コース
この二つしか思い浮かばなかったのだ。
先輩は
雨が降ったら途中で自転車を降りてひいて置いてバスで帰る。
と考えた。
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わたしはどうも、0か100か、
言い換えれば、
できるか、できないか
白なのか、黒なのか
だけで判断しがちだ。
あいまいがない。灰色がない。
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昨年、こんなことがあった。
久しぶりに趣味で演奏会に出た。
練習中思わずわたしが、
「なんでできないの?できないならここカットするよ!」
そんな発言をしてしまったことがあった。
そのあともなかなかうまくいかない。。
何ヶ月も、こんなやりとりが続いていた。
ハラハラして迎えた本番。
注意したあの子は完璧。
注意していた私はぼろぼろ。
当日ハラハラしたのは私だった。
何パーセント出し切れた?
うーん、神さまは見ているなぁ、、、
と1人落ち込んでいた。
ロビーの椅子に座りながら。ぼーっと。
すると、あの子がとことこやってきて。
「いつも完璧じゃなくていいんだよ、いつも教えてくれていたからがんばれたよ」
そんな一言が。
なんだかハッとした。やっと気がついた。
痛感した。
世の中、0か100、だけじゃない。
50があってもいい。灰色があってもいい。
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明日は雨かもしれない。
行けるところまで自転車で行ってみよう。
そこから先は歩いたっていいんだから。
>>「世の中、0か100、だけじゃない。50があってもいい。灰色があってもいい。」
素敵な気付きですね。私は、できるか、できないかの他に、できるけどやらない、とか、できないけどやってみるという数字で言うなら75とか25みたいな考えもあるのかなと思います。白か黒か、はっきりさせなくてもいい。50があって、灰色がある、グラデーションだったり、まだら模様だったり、世界は複雑ででもだからこそ美しいのかなって。あれ?何の話かしら…ごめんなさい、るるさんの素敵な気付きを読んでいたらあれこれ考えて思考が明後日の方向に行ってしまいました。素敵な記事を読めて嬉しいです。