たかが席替え、されど席替え

住人

クラスでの出来事。

つい最近、入学してはじめての席替えをした。

こどもたちのリアクションはいろいろ。


「やったー」「えー」「ドキドキ」



だと思っていた。

しかし、意外なことに、日記に席替えについて書いてきた子の内容は似ていた。



「せっかく仲良くなったのに離れるのが寂しい」

と。









人は「変化」を恐れる、つまり現状を保とうとする生き物だと、聞いたことがある。
(心理学的には「ホメオスタシス」と言ったりするらしい。)


例えば、体温を一定に保とうとすること、など。

しかし、これは人に備え付けられた「防衛本能」らしい。

だって、もし体温が一定でなかったら人は死んじゃうし。





で、話は先の席替えに戻って。

うちの学校は3つの小学校から集まっているため、クラスの中に小学校が同じ人のいる割合はほかの学校に比べ多くない。

なため、必然的に入学して最初の席で隣になった子は全く知らない子、という子が多かった。

最初のころはそれこそ「友達出来るかな」と不安になっていたはず。

それにもかかわらず今や「離れたくない」という。



はじめ、全く知らない隣の子と仲良くなるのに苦労する。
→しかし、その苦労のおかげで今仲良くなれた。
→なのにまた苦労して隣の人と仲良くならなきゃいけない、かもしれない。
→「今のままでいい」と思う気持ちが勝る。
→「今のままの席でいい」と思う。


こどもたちの姿は、まさに「人の性そのもの」だな、と思った。


それは同時に自分自身のことだなと。





例えば、ぼくは毎週土日にまとめて一週間分の食料を買うのだが、だいたいいつも同じようなものばかり買う。

例えば、毎日だいたい同じ時間に、同じ道を通って学校に行く。

例えば、ガソリンを入れるのはだいたい一度行ったことがあるところ。毎回違う店に行くことはしない。



なんでって?
だって、その方があまり深くいろいろを考えないで済むから。「楽」。ただそれだけ。



そう考えると、今のぼく自身の周りの環境も同じだと気づく。





自分の周りにいる人は同じ職業、同じような考えの人ばかり。

毎日会う人もほぼ変わらない。



「楽」。



逆にもし、全然違う職業、全然違う考え、の人しかいなかったらたぶん毎日が今の何十倍も疲れると思う。






でも、席替えでも、「席を替える」ことで初めて新しい友達ができるかもしれない。今までの友達の新しい一面を知れるかもしれない。


「変化」がなければ、成長はない。






頭ではわかっている。でもできないこともある。


だって、「防衛本能」だから。






ぼく自身、働き始めて1年ちょっと。やっと今の生活にも慣れてきた。余裕も出てきた。いわゆる「コンフォートゾーン」にいるのかもしれない。

しかし、いつまでもコンフォートゾーンにいてはいけない。







たかが席替え、されど席替え。


人は小さい時から、席替えのようなほんの小さなことから「変化」を受け入れる練習をしている。


今のお前はどうなんだ

こどもたちの姿から、そう自分自身に問いかけられているように感じる。



あかっぱ

よく中学生に間違われます。「見た目はこども、中身もこども」な25歳です。

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