夕陽の歩道橋

住人




夏の夕日がすきだ。


夕日?
夕陽?

気になって一瞬調べたけれど
まったく同じらしい。
夕陽のほうがなんだかかっこいいからこっちにしよう。
ということで


夏の夕陽がすきだ。


いや、
夕陽だけじゃないけど、
そして夏だけでもないけど、

夏の空は結構特に好きかもな。
だったら最初から「夏の空」でいいはずだけど、
でも今日は夕陽の話だから、

こんなのふつうの記事ならいらないけど、
せっかく考えたことだから全部かいちゃう。




夏の夕陽がすきだ。

空はいつもいつも違うけれど、
夏の夕陽はさっきと今でぜんぜん違う。
本当に秒刻みで色が、表情が変わる。


18時に仕事が終わり、会社を出て
家に向かう道の途中。
この前気づいたのだけど、
ほとんどの時間空をみている。
通勤ラッシュで混んでいる道は赤信号が多いのだ。

嬉しい。
朝はあせるこの長いブレーキの時間が、
帰りはとても幸運に感じる。
右足の力がゆるまないように、
前の車が進んだらちゃんと気づくように注意しながら、
目と心は全力で夕陽をみている。

いますぐ撮りたい
もう二度とこのいまの空には会えないのに、

もどかしい気持ちを何とか抑えながら
いつもの場所に急ぐ。
急ぎすぎないように、
もし事故したりしたら空が撮れない。
がまんできなくてどこかの駐車場にとまって撮ることもしばしばだ。

ここでとまって今を撮るのか、
このままいつもの場所までがまんするのか。
じぶんにとっては大きな悩みである。
もしここでとまったら日が落ちるまでに間に合わないかもしれない。

よし。このまま行こう。


いつもの場所、というのは
そんなにもったいぶるほどの場所でもなくて
家のすぐ近くの歩道橋だ。
これがほんとうに、抜群に気持ちのいい場所なのだ。

車を止めて、リュックをしょったまま
階段を一段飛ばしで駆け上がる

さいごの三段をのぼるとき、
もう目の前には言葉にならない空が広がっている。


のぼりきって手すりにもたれたとき
冗談抜きで生きててよかったっておもう。
冗談抜きで。

なんでこんなに希望を与えてくれるんだろうって
じぶんは何もあげられないのに、
なんでこんなに毎日毎日くれるんだろうって、
おもう。

すこし泣きそうになりながら
空の今を何枚も撮って
気づいたら30分ほど経っているのはざらだ。
おなじ空の写真は一枚もない。


夢中になって写真を撮って
空に見惚れていると、
じぶんがのぼってきたのと反対のほうから
人影が近づいてくる。

「こんにちは」
「こんにちは 気持ちいいねえ」

これはいつものあいさつ。
ここを気持ちいい場所だといったのはこのおばちゃんだった。

「いやあ、きれいだほんっとに。」
「ですね、」
「ここはほんとにいいよねえ。こんな気持ちのいいところ」
「ほんとにです」

よるご飯はもう食べた?
なんて聞かれたりして
おばちゃんはもう食べたあとなことが多いから
まだ食べてないの!?
と心配されることが多い。


自己紹介をしたこともなければ
相手の名前も知らない。
近くに住んでいることはわかるけど、
どの家かまではわからない。
普段どんな生活をしているのかは知らないし
両親に聞けばわかるかもしれないけれど、
聞いて知ろうともおもわない。


お互いに知っているのは、
空が、夕陽が、
好きなんだなあということだけ。


この
空を
みるために
歩道橋の上で

会えたことだけが、
ふたりの関係そのものだった。


日が沈み切って、暗くなってきたころ
「またね」
といって別れる。
そのまたねが、次はいつなのか、
2人も、空も知らない。
明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。
だけど必ずまたここで会う。
じぶんたちの大好きな空がここにあることを
わたしたちは知っているからだ。


なんどもなんども同じように、
何回会っても「初めまして」のように
おなじ話をなんども
赤い空も黒い空も黄色い空も、
おなじ空は一つもない。



大好きで大好きで大好きな
「空」で
出会った唯一のひと。
これからもできるだけ長く
できるだけ多く、
ふたりで夕陽をみたい。

あの歩道橋の上から
大好きな大好きな空をみたい。


ちい

人と話すのが好きです!その人のことを考えるのはもっと好きです。自分の”好き”になりたい、と思っています。

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