必死に死ね。

住人

コービーが亡くなってから、2年になろうとして。乗っていたヘリコプターが墜落し、次女のジアナとともに、突然、帰らぬ人。現役時代から熱烈にファンだったわけではない。だから、しんみりと語る資格はないのかもだが、想いはほとばしるので、書く。

ホームコートのステイプルズセンター@LAで、彼がプレイする姿を一度目撃できた。でも、見たかったのは、コービーと同じチーム@レイカーズのシャックという巨漢の選手で、怪我のため、その願いは×。でも、今思えば、ラッキー?! 生で観たコービーも、テレビ越しに観るコービーも、セルフィッシュで支配的。どっちかと言えば≪嫌い≫だったかもネ。

なのに、コービーがこの世を唐突に去ったことに、大きな衝撃を受けて。「クソがつくほど、憎たらしいプレイヤーだったけれど、あまりに突然で残念だし悔しい」(超訳)的な意見はSNSに溢れたヨネ。多くの人に大きな喪失感を与えた。≪誰だって突然死ぬんだ≫とか≪どんなに功績を残しても死に神は容赦ない≫とか、思い知らされたな。≪もう息をするところさえ見られないなんて耐えられない≫と思うと残酷すぎる。

彼の死をきっかけに、彼をもっと知りたいと、インターネットで調べたり、YouTubeで動画を漁ったり、彼についての書籍や雑誌をむさぼったり。その結果、あの強烈なセルフィッシュさは、何よりも勝利のためと、バスケットボールへの敬愛の姿だと、認識して◎。『失う勇気』というコービーの人生について綴った分厚い本があるのだけれど、このタイトルは見事に的を射ている。バスケットボールのためなら、超*ハードワークし、ライバル選手は、もちろん、チームメイトからも嫌悪されようが、一向に構わないという強烈な姿勢で走り抜けた。「アンタがコートに立つ権利はねえ」とか「お前は努力してない」とか、語彙力のないわたしだから、グサッと来る言葉が書けないけれど、もっと酷いことをコービーは、きっと。≪最低な野郎≫と公に罵られても、妥協しなかった。彼がした最も酷いことは、両親すらも捨てたことだけれど(両親サイドに否がないわけじゃないことは承知して書く)、絶対にバスケットボールへの姿勢はブレなかった。なので、文章の海面で感じるほど、その罪は大したことじゃないのカモ。

今ではすっかりファンになってしまったヨ、遅すぎたヨ。クラッチタイム@逆転のかかったプレイで、ことごとくシュートを打ち続けた彼に敬意を。そして、神確率で勝負を決するショットを沈めていたことに感謝(驚)。≪マンバ・メンタリティ≫と呼ばれた彼の精神力は、その言葉通り、毒蛇のごとく、執拗で、相手チームを幾度も致死に追い込んだ。その結果、主力選手として5回もNBAチャンピオンになり、多くのプレイヤーからリスペクトされる存在に。彼がつけていた背番号≪8≫と≪24≫はレイカーズの永久欠番となったネ。彼の追悼セレモニーでは、レジェンドも現役選手もルーキーも関係なく、泣いて泣いて、チンピラにもなれなかったな、長渕剛。

正直、コービーが好きじゃなかった人の方が圧倒的に多いって。それは先述しているように、彼のわがままなプレイだったり、彼ほど熱心に練習しない同じチームの選手に厳しく当たったりすることだったり、挙げればキリがない。怪物ぶりを発揮していたシャックとデュオを組んで、3連覇を果たしても満足せず、自分がチームの1stオプションであることにこだわった。シャックとコービーは不仲を極めて、のちにシャックはチームを出ていく。それからコービーは勝てなくなり、≪シャックがいなければ優勝できない口だけのヤツ≫と揶揄される。でも、それが発奮材料になって、自ら変わり、リーダーシップを手に入れ、その後、チームを再び2連覇という形でNBAチャンピオンに導いている。文句のつけようがない。バスケの神様@マイケル・ジョーダンと比べられる選手となって、昇華。

わたしは書くことに対して≪失う勇気≫を持てているか。どんなささいなミスも許さなかったコービーだから、たとえば、ここ≪おどりば≫で舐めた記事を書いていたら、叱るだろう。家族を犠牲にして書いているか?! 人生をどぶに捨てる覚悟で書いているか?! 誤解を招くかもだが、≪書かずにはいられない≫、そんな強迫観念を持って書けているヤツは、ここに何人いるのか。いつだってクラッチタイムだぞ、決め切らないと敗北。わたしはここにこう書いてしまった以上、手は抜かない。抜くつもりもない。決めたんだ。

貴様の覚悟はどうだ?

なかがわ よしの

生涯作家投身自殺希望。中の人はおじさん。早くおじいさんになりたい。

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