家族の在り方

年末は2年ぶりに実家に帰り、母と2人きりで過ごした。
父は祖母の家(祖母は1人暮らし)で年末年始を過ごし、妹は2年前結婚して家をたてて、そこで過ごした。
社会人になって以降、年末年始はこんな感じに過ごすか、僕は寒いのが大の苦手なので、
東南アジアや沖縄に一人で行ってぬくぬく温暖な気候の中、お雑煮、おせちなどという
日本の定番の郷土料理とは程遠く、現地民に混じってトムヤムクン、バインミーを食べて、海辺でぼーっと過ごしたりしてた。
母は姪っ子を凄く可愛がっていて、写真を撮っては僕に見せてくる。
昔、僕が高校生までは正月になると両親、僕、妹の4人の家族、横浜のいとこ家族が揃って父方の両親の家に集まって
お雑煮やらおせち料理を食べて、毎回豪華で食べきれないほどの量の食事をして親戚みんなで新年を祝っていた。
小さい頃の僕は毎年そのことを凄く楽しみにしてた気持ち半分、久しぶりに会う人たちばかりで、会うたびに少し人見知りをして緊張していた。それはお互いの家に戻る頃には、打ち解けあっているけど。
祖父母に会って毎回美味しいご飯を食べること、大勢の親戚とわいわいと一緒のテレビを見たり、お参りに行ったり、
とにかく毎年賑やかだった。
ダウンタウンのガキ使、紅白などみんなで一緒にあーだこーだ言いながら。
もちろんお年玉いくらもらえるかも楽しみの一つだった。💰
それが、当たり前だった。
そんな当たり前の出来事が、僕が社会人になって以降ぱったりと途切れた。理由はよくわからない。
それぞれが仕事を持って忙しいのか、友人と遊ぶ約束があるのか、もしくはみんなで年を越すのがめんどくさくなったのか。
横浜のいとこ家族も社会人になって電話やLINEの連絡はあるものの、全く祖父母の家に来ることはないらしい。
ここ最近、僕の周辺では親戚、家族との繋がりが年々薄くなっている。もし今、親戚の誰かが病気になったりしたら、お見舞いに行くことがあるだろうか。僕がコロナワクチンで具合が悪くなって、1日中寝込んでいる時に連絡をくれたのは会社の事務のおばちゃんだ。遠い親戚より近くの他人という言葉があるが、まさにそれを実感した。あと仮に今、あの頃と同じように親戚一同で集まったら、同じように楽しい時間を過ごせるだろか。みんな年をとって、お互いに状況も変わってる。
僕はそれに少し寂しさも感じるけど、正直別にもういいかなって気持ちでいる。それぞれの生活があるし。僕が誰かに頼ることがあれば両親、もしくは会社の人になるだろう。そしてもし会社を辞めたら、両親くらいではないだろうか。会社と僕は会社の言うことを聞き、その通りに懸命に労働するという条件で僕と繋がっている。当たり前だけど。その条件がなかったら、僕は会社を辞め、社会との繋がりが切れる。
思うけど家族や会社のような強い繋がりも大事だけど、家の近くのいつも行くコンビニや定食屋の店員と、何気ない会話する、ゆるーい繋がりも大事じゃないだろうか。
ここまで、書いてきてうまく言えないけど、みんなどこかでゆるい繋がりを持っていた方が生きていくのが随分と楽になる気がする。そこに何か労働などの交換条件は多少あっても良いかもしれないけど。
なんかうまくまとまらないけど、今僕が家族の在り方、社会との繋がりについて思うことでした。
最後に実家に帰ったら、7歳の僕の写真を見つけたので、貼っておきます。
可愛い💗

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