【029】そのときかかわるひと
住人
生まれて24年を迎えようとしている。
学校に通ったり、社会に出たりする中で、色々な人に出会い、別れてきた。
ある時期には親友と呼べるほど仲良くても、卒業してからは一切会わなくなってしまったり。
年賀状だけやり取りしていた友人もいたが、いつの間にか年賀状を送らなくなって、近況がわからなくなったり。
小中学校時代の旧友をなぜかフォローしているInstagramも、ストーリーで生存確認しているかのような気分だ。
SNSでつながっている有人なら薄っすらどこで暮らしているか見え隠れするが、詳しい近況は知らない。
ましてSNSをやっていないような友人は、今どこで何をしているのか、生きているのかすら知ることもできない。
それは相手にとってもそうなのだろう。
かかわりがなくなり、記憶から消えてしまった時点で、その人からしたら極端な話もう生きていないのと同然なのかもしれない。
きっとみんな各自の持ち場で何かしらしながら生きているのだろうが。
私はそんな人の「今」を知りたくてたまらない。
そして今私とかかわっている人も、これから先何年後もかかわり続けているかは分からない。
一番親しいはずの家族ですら、職場の人に比べたら話している時間は圧倒的に短い。
家族にとってもそうで、私と話す時間よりも、職場の人と話している時間の方が長いのは当然だ。
今あるかかわりを、もっと大切に、感謝しなきゃいけないな。
そう改めて感じる、23歳の終わりに。
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