スターバックス、危機一髪

住人

THE NORTH FACEはみんな身につけてるので、敬遠してる。「見栄で買っちゃったんだよね」と笑う友人がいるが、別に構わない。個人の自由。「でも!わたしは」っていうスタンスなだけ。ナイキやアディダスを好む人は一昔前から比べると、ごそっといなくなった印象。むしろ持っていたら恥ずかしいくらい。わたしも何着かのナイキパーカーをクローゼットに所持している。着るのを躊躇うほど重症ではないから着ないってことはないだろうけれど。(アディダスはブラック企業勤務時の社長が狂ったように好きだった。なので、個人的には嫌悪しているし、吐き気すらする)

音楽は音楽でメインストリートは避けて来た。人に「なかがわさん、どんな音楽聴くの?」と聴かれたとしても、それがどんなものか説明し難いバンドが大好き。要するにわたしはあまのじゃくなだけだ。人と同じじゃ嫌だ。自己表現するためにギターではなく、絶叫朗読を選んだのは、そんなニッチなことをやっている人間が数少ないからであります。(ギターも挑戦したがヘタクソで諦めた。最初からジョン・フルシアンテを目指したから、いけなかったな)競技人口の少ない競技をやっていたら、比べられて自分の実力が明白になりづらいし、争うライバルも減るので、都合が良い。「独創的なことしてるんだぜ」と昔は思っていたのか?今はそんなのないけれど。

小説を書くときも、おどりばに書くときも個性的であろうとした。それは余計なことだったと今では思う。エネルギーが満ち溢れすぎていたとはいえ、怒りに任せて書き殴っていて申し訳なかったと反省している。(特におどりば。もう人がいなくなってしまったので謝罪もできないが……)それらは「個性」ではなく「感情」でそういうものを書くべきではなかった。文章に感情を絡めてしまったら薄っぺらいモノになってしまうんだ。書いている自分に酔っていなかっただけマシだが。「おれ、こんなにマニアックな音楽聴いていて特別だぜ」とか、そんな人物にだけはなりたくなかった。そこの線引きはちゃんと出来ていたので自分に感謝している。冒頭のTHE NORTH FACEも少なからず優越感によって購入されているのではないか。そんなブランディングを仕立て上げたTHE NORTH FACEそのものには感嘆するしかない。まんまと策略にやれている日本人がなんと多いことか。その傾向は世界でもそうなのか、気になるところ。

ようやく本題に入るのだけど、スターバックス、最近行ってる?「あんまり行かなくなった」って人が多いんじゃないの?そんなことないのか。あまのじゃくとか言いつつ、スターバックスに普通に行くようになってしまっていた。言い訳をすると、店員さんに魅力的な人が多かったからだ。美人とかキュートな人とか、そういうのは理由にもちろんあったし、あとは気さくに会話する文化が気に入っていた。だから、そんなに抵抗感なくスタバがわたしの生活の一部へと溶け入っていたんだけど、ここ最近、スターバックスをあまり使わなくなったんだよね~。てか、流行に敏感な若い人たちはもうとっくに行かないのかも。わたしはやっと離れる時が来ましたよ。「スタバで文筆作業しているおれ、カッコいい」とはまったく思っていなかった。前述した通り、フレンドリーに言葉のやりとりをするカルチャーが好きだった。でも、そっとしておいてほしい。それに今さら気づいて、足がさらに向かなくなった。どっちが悪いとかないよね。どっちが変わったんだ?

ああ、カネコアヤノから離れてしまったのは、勝手を言えば向こうの責任だ。気取ってブランディングに躍起なのに嫌気が差している。本人は純粋に音楽をやっていて素晴らしい。でも、まわりの人間が気に食わない。斜に構えているのが、鼻持ちならない。海外でも精力的にライブツアーをしていることを実は嫉妬したのか。まあ、それもないこともないだろう。いろんな要素が混ざり合って、カネコアヤノとは距離を置くことになった。

スターバックス、急激に減っていくことを危惧している。栄えたものはいずれ滅びる。それは仕方のないこと。ただわたしが言いたいのは、一時代を生き抜いたことにリスペクトしたいということ。スターバックスもカネコアヤノもTHE NORTH FACEもナイキもアディダスもジョン・フルシアンテも多くの人に愛され、成長していった。そのことを胸に刻まなくちゃなと。わたしはナニモノにもなれず、砂漠の砂のように風が吹けばただの砂として飛んで行ってしまうちっぽけな存在なんだ。だから、スターバックスの起死回生に期待。わたしにはそんなチャンスすらないので、うなだれてやるよ。

なかがわ よしの

生涯作家投身自殺希望。中の人はおじさん。早くおじいさんになりたい。

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