さびしくない
父が死んだ。最期、眠るように逝った。亡くなるまでの100分ほどの時間、父とふたりだけ。一方的にわたしが話し続けた。聞いていてくれた、にっこり微笑んでくれた。「お母さん、向かっているから」と言えば手でOKマークを出して答え、「まだまだ戦え、お父ちゃん!」と伝えたら拳を握ってわたしの目の前にそれを見せた。結局、駆けつけた母は父を看取れなかったんだけど。わたしは話しすぎたかもしれないと後悔。だって一生懸命、父はわたしの話にリアクションして、うんうん頷いたり、何かの言葉を発そうとしたり。あとは開かないまぶたから一筋の涙を流してくれたり。もし過剰な声かけではなく、適度なものだったら母が来るまで持ったのかなと考えてしまう。妻と娘に言ったら「そんなことない!ずっと話しかけてくれていてありがとう」と言うのだ。大きな後悔はない。父の癌発症から7年、できることはやった。介護もした。甘えもした。最期、一緒にいてあげられた。父から人が死ぬ瞬間とはどんなものかを、その肉体の死を以て伝えてもらった。ありがたい。父の最期の言葉は「ありがとう」だなんて、美談でもなんでもなく事実。幸福な現実。だから後悔はない。でも年が明けたら、じわじわと悲しみが襲ってくるのかも。母を大事にしよう。妻を愛し、娘を大切にしたい。この長い闘病期間を通じて、当たり前がどんなに幸せかということを、父から教えてもらった。
実は父が亡くなる前日に長野市から富山県南砺市までカネコアヤノさんのソロ・ライブを観に行っていた。「福野文化創造センター ヘリオス」という会場。主治医から「お父様、あと1週間もないかもしれません」と伝えられてはいた。しかし、そんな現実から逃げたくて富山まで行ってしまった。早くても3、4日後だろうと勝手に予測していた。だからライブに集中したくて公演中はスマホの電源を切るという大博打まで打った。そこまでしたライブ観戦は、うん、とても良かったんだ。カネコアヤノさんのバンド演奏も好きだが、弾き語りはもっと好き。エフェクトを駆使したエレキギターでの演奏もカッコ良く気持ち良かった。とはいえ、前々からうっすら気づいていたが、どうやらカネコアヤノさんのアコースティックギターの鳴りそのものが好きみたい。検索してみたら「ギブソンJ-50」というアコギらしい。欲しくなったね。20万円くらいするけど。弾き語ってみたい、あのギターで。その「好き」はなんとも形容しがたいものだが、音がね、なんかやわらかく丸く、でもパワフルで乱暴で良き。後者はカネコアヤノさんの演奏スタイルに引っ張られてる気がするが、まあ、そういうことです。うまく説明できない。
あと、照明のデザインというか見せ方も凝っていて、美しかった。まわさないミラーボールに光を反射させて、壁や天井にいくつもの星を浮かばせた演出は異空間を作り出していて、素晴らしかった。そのほか、座って演奏するのを今にも止めて立ち上がりそうになるほどにギターを力一杯弾く光景、絶叫する歌唱、逆にやさしい歌い方、拍手が鳴り止む前に次の曲を演奏し始めるほど音楽にのめり込む姿が儚かった。個人的にはカネコアヤノさんってものすごく心が繊細な人なんだろうなと感じている。そんな彼女を理解し守り、好きなようにプレイすることを望んでいるスタッフさんたちの愛もバックボーンに感じられた一夜。
それが顕著だったのは終盤。演奏を始めた思ったら急に話し出して「あと4曲なんですけど、マイクなしでやってもいいスか?」と言ったシーン。観客は声を出して反応したり拍手を送ったりして受け入れる。そして、そんなサプライズを許すスタッフサイド。わたしも含めた彼ら彼女ら全員をリスペクトの想いを評したい。急遽アンプラグドにした理由はわからないが、電気を通して音楽を届けることに、もどかしさを感じたのか。それともなんとなく違和感を持ったのか。ハプニングではあったけれど、マイクなしの演奏も特別感があり没入感があった。キャパ600人ほどの会場に歌声がちゃんと聴こえて地声が大きいのも才能だよなあと思ったり。好きな曲たちを聴けなかった残念さもあるけれど、それでも好きな曲をたくさん演奏してくれたので、それだけ大好きな曲が多いことを再認識。そもそも行けたことに感謝。父よ、ごめん。許してくれた家族に乾杯。あんなふうにギターで歌いたいな〜とも改めて思った夜でした。
時を現在に戻そう。父が死んで、葬儀に必要な写真や書類を探している時、フェンダーのアコギを発見。そういえばあったなあと思ったけれど、このタイミングで再び見つけるとはタイミングが良すぎる。「ギターを弾きなさいよ」という父からのメッセージ。まず挑戦したいのは、当然だけどカネコアヤノさんの曲「さびしくない」だね。〈了〉


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