死は紫

住人

高速道路を走る自家用車の車内。
男が運転している。
女はダッシュボードにその美しい脚を
見せびらかすように投げ出している。
音楽はプリンス。
間もなく着くサービスエリアを目指している。

女「ねえ、プリンスが死んで6年になるよ」
男「もう?」
女「わたしたちも逝かなくちゃだね」
男「気が早いよ。何も成し遂げていないし」
女「永遠には続かないから、今すぐにでもって、気持ちなのに」
男「きみのそういう感性、やれやれだね」
女「村上春樹かよ」
男「初期が好きでした」
女「村上春樹嫌い?」
男「もう嫌いだね」
女「わたしのことは?」
男「愛してるさ」
女「それってよく聞くけど、わからないの。つまり≪愛してる≫って何?!」
男「殿下を聴けばわかるさ」
女「今さら何を聴けばいいかしら。うんざりするほど聴いたっていうのに」
男「愛は奥深いんだからさ、殿下を聴き飽きるってことはないんだよ」
女「愛を知ることに到達していないかあ」
男「鳩が鳴いてる?!」
女「ああ、聞こえる」
男「でも、この状況であり得ない」
女「CDから?!」
男「何万回と聴いてるよ、この『ビートに抱かれて』は。今さら、新発見するはずがない」
女「じゃあ、何、この鳩の声」
男「ユーレイ?!」
女「プリンスの?!」
男「死ぬことと生きることは地続きなんだ」
女「はぁ?!」
男「わかった。殿下が乗ってる、この車に」
女「それと鳩とどう関係あるの!」
男「この鳴き声は黒い鳩。死の象徴」
女「だから何言ってんの?!」
男「きみのためになら死ねる」
女「だったら地獄へ連れてって。この先の分岐点のコンクリートに突っ込んで死のう」
男「そうするか」
女「そもそも、わたしたちも死んじゃうって確かなのかな?! 考えると怖くなってきた」
男「痛くないよ、きっと即死だから」
女「そんなんじゃない。誰も悲しんでくれないじゃないかって」
男「ぼくが悲しむよ」
女「きみも一緒に死ぬんだよ」
男「結局、死ねない。きみを殺したという十字架を背負って生きてく」
女「わたし、殺意。無性にきみを死なせたい」
男「喉に鳩を詰め込まれたような気持ちにさせないで」
女「おかしい。笑っちゃう、その言い方」
男「鳥人間になっちゃうよ。顔だけ鳩に」
女「笑い飯じゃないんだから」
男「でもさ、笑い飯みたいに潔く生きたいな」
女「そうだね。自分のできることを知って、できないことはしないっていう。圧倒的に漫才師だし、いろいろバラエティに出てても」
男「思うてたんのと違うのかな?!」
女「M-1獲って満足なんじゃないかしら」
男「もっと有名になりたいとか賞賛されたいとかあるんじゃないの。思っていたほどチヤホヤされてないじゃんって」
女「極めても、もっと欲が出て来るのかな。イチローさんも大谷翔平くんも貪欲だし」
男「殿下も思ってたんと違ってたのかも」
女「早くに逝っちゃったしね。もっとやりたいことあっただろうね」
男「でもさ、なんでみんな何でもやりたがるんだろう、天才も凡人も、きみもぼくも」
女「自分に期待しすぎちゃうのかもね」
男「なら疲れちゃったんだな、ぼく」
女「わたしも。野心を持ち続けることにさ」
男「何になりたかった?」
女「圧倒的に小説家」
男「ぼくはとにかくものすごい人。バカだねえ、漠然としてて」
女「きみのこと、笑えないわたしです」
男「てゆうか、鳩鳴いてなくない?!」
女「そうだね。それに雨が……」
男「あ、ホントだ、紫」
女「それはさておき≪愛≫ってなんだっけ?!」
男「『愛してる』っていうぼくの気持ちに、きみが続けて、愛の言葉を呟いたら、愛だよ」

次の瞬間、車がスリップする。
男も女もそれに悲鳴を上げずケタケタ笑う。
車、横転せずに、ぐるりと回転しながら滑走。
分岐点のコンクリートに突っ込み、大爆発。
それで、ふたりとも木端微塵に。
プリンスが現れて『パープル・レイン』の
イントロを奏で始める。

なかがわ よしの

生涯作家投身自殺希望。中の人はおじさん。早くおじいさんになりたい。

プロフィール

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