先生になるということは
わたしの大学では3年生の6月末の1週間と8月末から9月なかばにかけての3週間、計4週間の教育実習がある。わたしはまだ先生ではないけれど、「先生!」と呼ばれる。
1週間の実習の中で1回だけ授業をした。目の前のこの子がその知識に出会う、最初で最後の授業だ、自分の頑張り次第で誰かの記憶にずっと残る授業にできるかもしれない、と思ったらワクワクして、自分の頑張り次第で誰かの記憶にずっと残り続ける授業にできるかもしれない、手が抜けなくなった。寝てないマウントを取る人は好きではないけど、全然寝られなかった。自分がやりたくてやったから寝られないことそれ自体は全然辛くなかったし全然後悔していないけど、他のところでボロが出た。
「〇〇さんがこんなこと言ってたよ。」
「△△くんがこんなことしててね、」
他の実習生が子どもたちの様子を話しているのを聞いて、わたしは子どもたちのことが全然見えていなかったことに気づいた。
ただ遊んでくれるお兄ちゃんお姉ちゃんじゃない、わたしは教師としてどうみんなに接するのか。教育実習生が同じクラスに6人いる。他の5人はそれぞれいいところがあって、では自分は子どもたちに何を与えられるのだろうか。わたしがこのクラスにいる意味ってなんなんだろう。ほとんど1週間ずっと、それが頭の中をぐるぐるしていた。
誰が休み時間に「あそぼー!」って来てくれるんだろう。もし来てくれなかったらどうしよう。自分自身のことしか考えてないことを見抜かれているんだろうか。他の実習生と比べている自分が嫌になった。
目の前のあの子と向き合いたいのに、なぜ自分に意識がいくんだーーーーー。
わたし、教師失格なのかも、とふと頭をよぎった。
自分のことしか考えていないんだなあと思ってしまって、悲しくなった。わたしの見えていないところで、なにか頑張っていて、素敵な発見をしていたのかもしれない。気づいてほしいことがあったかもしれない。
教師が子どもに与える影響っていい意味でも悪い意味でも大きいのに、先生に向いてないのに、先生になろうとしてごめんね。「ごめんね」が溢れた。
1週間しかやっていないんだから仕方ないのだろうか。
でも、仕方ないなんてあるのだろうか。
そんな絶望の気持ちで6月の1週間の実習は終わった。
実習から少し離れ、だんだんとこの1ヶ月半で気持ちの整理ができてきた。来週から、3週間の実習が始まる。
子どもはかわいいし、なにより誰かの成長を見られるのは楽しい。その成長に少しでも関わることができるのはほんとに幸せなことで、想像しただけでニヤニヤしちゃう。クラスのみんなはどうかわからないけど、わたしはクラスのみんなのことが大好きだ。どんなところがって言うと難しいけど、かわいくてかわいくて仕方がない。もう、それだけでいいじゃん。
次の実習は、がんばらないことにする。がんばらないことをがんばる。
わたしはわたし。背伸びしない。そう決めてもやっぱり授業準備していたら夜が明けているのかもしれないけど、そんなわたしも含めて、わたしはわたしだ。
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先生ね、みんなと一緒に新しいことを発見したり、ジャングルジム鬼ごっこしたり、食べる時間がなくなるくらいおしゃべりしながら給食を一緒に食べたりしたいんだ。実は算数は小学生のころからあんまり得意じゃないんだけど、みんなと一緒にがんばってできるようになりたい。先生、たぶん、先生に向いてないんだよね。でもね、先生はやっぱりみんなの先生になりたいんだ。なんで、とかよくわからないんだけど、みんなのことが大好きになっちゃったからさ、もう一度、実習の先生としてみんなに会いに行っていいかなあ。
可愛らしい先生ですね!
変に威張ってる先生よりよっぽどステキだし、「さと先生~!」って寄っていきやすいと思います。
教育実習、大変でしたよね。
可愛がってくれて、いっぱいお話をしてくれて、授業もしてくれる先生、好きにならないはずがないです。
きっと他の実習生の方々と比べて、しんどい思いもするかと思います。でも、さとさんにしかない「子どもへの愛情」「子どもへの想い」もあると思います。
子どもは意外と色々と見抜いてきますよね。
怖く感じることもあるかと思います。
でも、真っ直ぐ向き合ってたら、絶対返してくれるから。
対象が0歳児だとしても、小学生だとしても、中学生だとしても、これは同じ。ごめんねって、思わなくていいんですよ。
気張りすぎずに、実習楽しんでください。せっかく子どもと直接触れ合える機会なので、ね。
わたしが子どもだったら、さとさんみたいな、熱意も愛情も兼ね備えてる先生、大好きになっちゃいます!
子どもたちも待ってると思いますよ!
返信が遅くなってしまってごめんなさい…
怖かったけど、まっすぐ向き合って来ました。伝え方はあんまり上手じゃなかったけど、子どもたちへの思いを大切にし続けていたら、子どもたちはちゃんと返してくれました。子どもたちからもらったもののほうが大きいんじゃないかなって思います。
ゆうりさんのコメントに支えられて実習を無事終えることができました。本当に本当にありがとうございました!
お久しぶりです、覚えてますかね??
一度小布施でお会いした…
もう3年生なんですね
すごくぼくの実習とダブルところが多いなーって思いました。
ぼくも小学校の実習で、他の実習の先生たちが「今日はこんなこどもの姿があったよねー」って話してる中、ぼくだけそれに気づけてなくて、とか、他の実習の先生の細かいところでのこどもとのかかわりがうまくて、それと自分を比較して「あー、自分って向いてないなー」って思ってました。
でも、今ではその気持ちはありつつも、少し変化があって、いろんな先生がいるからいいんじゃないかなーって思いもあります。
(自分にとって都合よく解釈してるだけかもしれないですが)
すごく威厳のある先生
こどもとのかかわりが上手な先生
ちょっと頼りないけど「先生もわかんねーや」なんていいながら一緒に学べる先生
無口だけど一生懸命な先生
それぞれの先生からこどもは学べることがあると思うし、学校という場所で、いろんな大人と出会うことにもひとつこどもにとっての価値があるのかなって。
さとさんの「こどもに会いたい」って気持ち、周りが見えないくらい一生懸命な姿、それだけでこどもからしたら”いい先生”の一人になってるんじゃないかなって思います❗
たぶん小手先の技術とかはあとからついてくると思うので、今はその”思い”を大切にしてほしいな、なんて偉そうに言ってみます笑っ
実習、無理しすぎずに頑張ってくださいね✨
あかっぱさん、コメントありがとうございました。
いろんな先生がいて、いろんな子どもがいていいんですよね。
最近やっとそう思えるようになりました。実習を終えて、つまらなかった大学の講義が全然違うものに見えてきました。
大学がとっても楽しい。
またお話したいです。
おさとの良いところは人の気持ちに寄り添う事が出来ることだと思うよ。まるで自分の事のように喜んだり驚いたり悲しんだりね。気持ちが優しいからだと思う。いろんな先生がいていいんだよ。生徒がいて、初めて「先生」になれるのだから。
くららちゃん、お返事遅くなってしまってごめんなさい。
生徒がいて、初めて先生になれる。
この言葉がわたしの教師の捉え方を変えてくれた気がしました。たぶんくららちゃんに言われなかったら、「教師と子ども」として捉えていて、「わたしも子ども」って捉えられなかった。
応援してくれてありがとうございました。実習、とっても楽しかったです。