#1 あなたと私の「おどりば」

住人

私は今30代半ばで、人生100年時代と言われている現代においてはまだ1/3程度しか生きていない。それでもそれなりに濃い人生を歩んでいると思う

今では笑える事でも当時は悩みや葛藤もあったし、人生に一度は思うであろう「死にたい」という感情だって持っていた。虐めにもあったし、虐めたりもした。

リストカットも手首に痕が残ると親に心配をかけてしまうと思ってできなかったけれど、生きている実感がほしくて、あまり見えなそうな二の腕の内側にやってみた。浅い傷だったため治りが早く、夏場は汗でかぶれ、痒みを我慢する後悔の方が強かったかもしれない。

どれもこれも今より10年以上も前だから、仲間外れとかクラスの女子全員から無視されたりとか。今思えば思春期特有の可愛らしいものだ。それだって、当時の私からすれば世界のすべてから拒絶されたような孤独や寂しさがあったし、自分の存在自体を否定された気持ちになって、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になり入院もした。当然仲間外れにされているなんて親に言えるわけもなく、黙秘権を貫いていたので、ずいぶん心配させた。

人一倍責任感とプライドが高かったため、学校を休むなんてできなかったし、所属していたグループのリーダーが自分の気分によってターゲットをころころかえていたから、もしかしたら今日は仲良くしてくれるかもしれない期待と不安を胸に頑張って登校していた。

それでも体は正直で、トイレから出られなくなったり保健室に通ったり。そんな私を見かねて声をかけてくれた子がいた。その子が休み時間になると、しょっちゅう「社会科準備室」にいたので、私も一緒に避難させてもらったのだ。一緒にいたからと言って私のことを根掘り葉掘り聞くわけでもなく、彼女は彼女で好きなことをやり、たまに、たわいのない話をして笑い、そんな何気ないやり取りだけだったけど、その空気にずいぶん救われたのを今でも覚えている。

 

ここでやっとタイトルの「おどりば」について話をしたいと思う。

一般的に「おどりば」といえば、階段の途中にある一息つける場所を想像するだろう。

-おどりば をどり- [0]【踊り場】
①踊りをおどる場所。
②階段の途中に、方向転換・休息・危険防止のために設けた、やや広く平らな所。
③景気や技術競争などで、成長が一時小休止している段階。

辞書には上記のように載っている

私にとっての「おどりば」は「逃げ場」だと思っている

「逃げ」という言葉に引っかかる人がいるかもしれないが、私にとって逃げるという言葉は自分を守るためにとても必要な言葉だ。”隠れ家”とも同じかもしれない。

学生時代も社会人になってからも、自分にとっての逃げ場=隠れ家はとても重要だ

辞書にあるように、踊りを踊り自分自身を表現できる場でもあり、方向転換や休息をする場所、そして、何かにつまずいたり、息詰まったりしたときにいつでも戻ってこられるように、自分にとっての「安らぎの場」がどこなのかをしっかりと分かっていたほうがいい。

それが場所なのか、モノなのか、人なのかは十人十色だ。自分が生きているステージによってもその場所は変わっていくと思う。

学生時代は、社会科準備室が「おどりば」だったし、会社員になってからは「社内のトイレ」と「自分の車の中」だった。結婚してフリーランスになり、昨今のコロナちゃんで自粛を余儀なくされてからは、誰もいないキッチンやYouTube、そしてアニメと年を追うごとにオタク街道に拍車がかかっている。

 

若かろうが、年を重ねていようが、息をしている限り時間は進む。

自由という名の枠をはめられた不自由の中で人生(コマ)を進めなくてはならないし、情報化社会特有の利便性と弊害を併せ持った中で葛藤と悩みと焦りを経験し、自分はまだまだこんなものではないと誰もがきっともがいている。どんな感情が芽生えたとしても、その時に湧き出た感情が全てであり、アドバイスとも取れない「若いからだよ」とか「まだまだ視野が狭いからだよ」なんて言葉で片付けられるものではない。

そんな時に自分にとっての「おどりば」が唯一の拠り所になると思う。RPGでいうところのHPやMP回復の場として(ゲームはやらないのであってるかわからないが)1つでも自分の「おどりば」を持っていることで癒されたり、考えたりしながら自分の立ち位置を確認できるはず。そうして回復出来たらまた歩いたり、走ったり、時には踊ったり。そんな生き方ができるようになると思う。

私自身まだまだ旅の途中。この先何が起きるかなんて想像も予測もできない。だけど、明日明後日くらいは「楽しい」を見つけたいし、誰かを笑わせたいし、笑っていたいと思う。天気や季節のように晴れや雨、曇り、時には雷だって鳴るし、台風も来る。それが自然であり生きているってことなんだろう。

人の人生は鮮やかにみえる。だけど、あなたにも私にも自分しか体験できないことを今までやってきていて、きっとこれからもやっていく。人の数だけ「おどりば」があり、そこで出会ったり交わったりすることでまた新しい「おどりば」が出来上がる。

 

「おどりば」とはわたしにとって人生そのものだ。

Knoah

見た目はポジティブ中身は陰キャのアラサー。世界はいつでも優しいんだよ

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