自分の家の怖いところ

住人

僕の現在の実家は、僕が大学2年の頃に建て直して作った家である。
それまで住んでいた前の家は、もともとどこかの事務所として使われていたらしい。
家の中のあちこちに木の模様が見える家だった。
床にも壁にも、様々な模様の木が使われていて、どれ一つとして同じものはなかった。
一方の外装はほんのりピンクの白塗りで、風除室のある立派な玄関があった。
緑のおしゃれなベンチと、謎の猫の置物が、風除室の中には置かれていたな。
駐車場には赤いレンガの花壇が伸びていて、一面花やら草やらでボウボウだった。
松や竹も伸びていたり、もみの木も置いてあったり、アスパラも生えていたり、本当に緑がいっぱいの家だった。

普段は家族と一緒に居間で過ごしていた。床にカーペットが敷かれていて、
大きな座布団が四枚、その中に茶色のこたつ机が置いてあった。
子どもの頃、ここで夕ご飯を食べながらNHK教育の海外ドラマを見たりしていた。
どこかで何かがミステリーや、サンダーストーン未来を救え、が好きだった。
宿題をするときは、玄関に一番近い子ども部屋の勉強机でやった。
絵を描くのが好きだった。
持ってもいないゲームの攻略本を宮脇書店で買ってもらい、そこに載っているキャラクターたちの絵を描いた。
そういうときもこの勉強机で一人黙々と描いた。

玄関を入ってすぐ左に子ども部屋があるのだが、玄関を入ってすぐ右には2階へ続く階段があった。
こちらも木でできた立派な階段。
僕は、この階段から上が、当時はなぜかとても怖かった。
夜に2階に行くことはまずできなかった。
2階は異世界な気がしていて、昼間に行ってもなんだか時間の流れが普段とは違う気がした。
子供の頃はよく夢を見た。
いろんな夢を見た。
自分の家が登場する夢を何度も見た。
何かに追われるように2階へ続く階段を登るのだが、足がものすごく重くなって、全然登れなかった。
何かに追われて2階のベランダから飛び降りると、必ず空を飛べた。
一番奥の部屋のクローゼットを開けると四次元空間のようなところにつながっていた。
2階の夢はいつも不思議で、僕は家の神様が住んでいたんじゃないかなと思っている。

成長するにつれて、2階が怖いということは無くなっていった。
それでも、高校生になっても、夜に一人で2階に行くのには抵抗感があった。
東京に出たばかりの大学1年の夏休み、僕は実家に帰省した。
弟が子ども部屋のベッドを使っているからということで、初めて2階の1室で生活をすることになった。
2ヶ月近くを2階で過ごした。
夜には布団を敷いて2階で一人床に就いた。
これまで怖かった2階が、落ち着く場所になっていた。
この頃の自分はいつも将来について考えていて、それだけで1日が終わる日もあったが、ここで考え事をすると、頭がとても冴えた。
この夏が、この家で過ごした最後の時間だった。
次に帰省した冬休み。この家は建て直しの準備のため、取り壊されていた。

今の家も心地が良くて好きだが、前の家も好きだった。
今はもう忘れてしまったような、どこかで奥深く閉じ込めてしまったような
子どもの頃のいろいろな感情とともに、多くの思い出が残っている家だ。
人は変わってゆく。人の周りの環境も、世の中も変わっていく。
何もかもが変わり続けるなかで、今ある感情をしっかり味わって生きたい。

soshi

1991年生まれ。長野市出身。 大学の専攻はジャーナリズム。休学し9カ国放浪後、地元市役所に入る。福祉部門に配属となり、障害者のソーシャルワークなどを行なう...

プロフィール

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  1. しづく

    2階が怖いという感覚も、子供の頃見ていた夢も、小学生の頃過ごした居間の記憶も、全部、心の深いところで、すごく共感しました。

    部屋の真ん中のこたつ机でおやつを食べてテレビを見て本を読んでいた頃。居間は残っているのに、あの日々にはもうそこになくて。

    変わっていくことを受け入れながら、過去も今も未来も、ちゃんと愛していたいな、と思いました。

    東京に来て社会人になって、言葉によってすり減ることが多かったのですが、久しぶりに優しい言葉に触れられた気がします。そーしさんの文章が、とても好きです。