弱虫

住人

気づいたら大学3年生も半分が終わろうとしています。石川の夏は慣れないですね(春も秋も冬も慣れた記憶がありませんが)。また暑い暑いと言っているうちに短い秋が来て寒くなって一年が終わってしまいそうです。


最近、韓国語にハマっています。韓国語自体は中学生の時からなんとなく勉強していますが、それがつもりにつもって翻訳なんて始めました。翻訳、というと大袈裟に聞こえますが単純に韓国語の文章を翻訳機アプリで訳していい感じの日本語に直しているだけです。直接的に韓国語を身につけている感覚はありませんが、例えば、日本語の「泥のように眠る」という表現は韓国語では「おんぶして行ってもわからない」ということを覚えました。ぐっすり眠るという表現も色々あるんですねえ。ちょっと可愛い。


ところで、大学3年生というと就活が始まります。何も考えず親の言葉にうんうんと首を振っていたら公務員の道に進むことになりそうです。別になりたいわけでもないしなりたくないわけでもないけど。あ、やりたい仕事もないです。興味のある業種とかわかんない。これ親に見られたら終わるわ笑。でも本当にないです。仕事してる自分イメージできない。ていうか再来年生きているイメージとかない。

 


これはまずいぞ。というわけでこの前、高校生の時に大変お世話になった仙人みたいに優しくて人格がある人とzoomをしました。散々愚痴を吐いたあとで「でも今すごく韓国に行きたくて。」とついこぼしてしまったのだから、さあ大変。私がなんで韓国に行きたいのか、いや、どうして韓国語を中学2年生で勉強し始めたのか、韓国に行ったら何をしたいのか、結局のところ留学したいんだ、等々全部話してしまいました。してしまいました。というのは、私は今までこの話を誰かに話したら馬鹿にされるんじゃないか、と恥ずかしく思っていたからです。

よく「お隣の国」と言われる韓国ですが、家で言えば回覧板を回したり畑の野菜をお裾分けするご近所さんなのに、お前はお隣の韓国について何か知っているのか?と思った14歳の私は「文字読めるようになればちょっとはわかるんじゃない?」と思って某局の講座を見始めました。今思えばなんて浅はかな思考wwwと思いますが、とにかくまあ、文字はちょっとずつ読めるようになったし韓国のことをもっと知りたいと思うきっかけにはなりました。 私は自分の話を恥ずかしく思ったけど、その仙人みたいな人と、一緒に話を聞いてくれたもう一人の神様みたいな人は私のどんな話も認めてくれて、私より私の考えを大事にしてくれました。散々私が話した後で「それはもう行くしかないじゃんっ!!」と言ってくれた時はもう本当に、涙が出るほど嬉しかったです。



それで、親に言ってみました。とりあえず母親にだけですけど。お母様は私の気持ちは理解してくれましたがお金と時間の問題が何一つ解決されませんでした。というわけでここ最近ずっと大学にメールしたり留学エージェントなどを調べているわけですが、慣れないこともあって心が折れそうです。


時期も世情もお金も何もかもがイレギュラーで、しかも頼れる人があまりに少なくて壁にぶち当たるたびに悲しくなります。なんで留学したいなんて言ってしまったんだろう、どうして周りの友達みたいに大人しく就活できないんだろう、そう思うことは常だし、何より一番辛いことは失敗したら死んでしまおうと平気で考えてしまうことです。大学受験の時も落ちたら死ねばいいと思っていました。息をしているだけでお金がかかると言われてきたから、息をすることしかできなくなったら社会のゴミになるんだと思ってしまう自分が悲しいです。もっと気楽に生きていきたいのに。


私は自分の価値観を評価するとき、結局それは幼い頃の環境や自分を否定された時に言われた言葉に縛られているんだと思います。周りの人から愛されていなかったとは思わないけど、もっと認めて欲しかったとは思います。でも、当時はそんなんこと思わなかったから、せめて今は自分だけでも自分のことは認めてあげないと……。

manako

進学で長野県外にいます。ときどき思い出す言葉は「理解するのではなく認めよう」

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