もしもあいつがいなければ

住人

2019年8月30日
善光寺付近のホワイトハウスで行われた「おどりばのいどばた」。
その日、僕は参加をした。
フラフラになりながら、おどりばで知り合った仲間に支えられて、参加した。

二階にあがり、車座になった。
何人いたのだろうか。
その記憶も曖昧だ。
「あいつ」とは憎い人のことだろうか、それとも大切な人のことだろうか。
主催してくれたハタコシさんは、後者を考えていたらしいけど、何人かは前者をイメージしていたようだった。
どういう対話になったかも、あまり覚えていない。

数時間前。
僕は大切な人を亡くしていた。
病院で担当のお医者さんから臨終の言葉を聞き、一連の手続きに同行させてもらい、家までお供させてもらった。
だからこの日は参加しようかどうか迷っていた。
だけど、もしこのまま帰っていたら、長野大橋から車ごと千曲川へ突っ込んでいた。
心配してくれた友人の誘いもあって、参加することにした。

「話すことで、人の話を聞くことで、気持ちが楽になることもある。」

今回はまさにそうだった。
重い。とても重い対話にしてしまった。
だけど、みんな真摯に耳を傾けてくれた。
何を話したのかはまったく覚えていない。
ただ、おどりばが終わって、グラフィックレコーディングをしていた方が「今回はすごく大変だったけど、「これは描かないと」という気持ちで描きました」と言ってくれたのは印象的だったし、すごく嬉しかったのを覚えている。

そこから2,3日は法事だった。
自宅の東御市から長野市まで、朝早くから通った。
その間、身内でもなんでもない僕を、“彼女が好きだった人”として家族の隣においてくれた。
僕はずっと泣きっぱなしだった。彼女の顔を見ると、もうダメだった。
それでも、彼女が見える場を離れたくなかった。

彼女は、人から一切恨まれることがない人だった。
いつでも自分より人のことを優先する。
家族のことを誰よりも愛して、周りの人を誰よりも笑顔にさせた。
27歳の命だった。
僕が14歳のころに初めて会って以来の仲だった。
互いに重い病気のある僕ら。何度もギリギリの死線をかいくぐってきた僕らはまるで戦友のよう。

ただ、僕は彼女に恋心を抱いていた。
実際、何度も想いを伝えた。だけど、「さらみくんとはそういうんじゃない」って断られ続けた。
亡くなる瞬間ですら、この気持ちは変えなかった。
一度も「好き」と言われなかったんだ。
だから、“彼女が好きだった人”として紹介されるのは、なんだかおかしな感じだった。

焼き場にも同行させてもらい、お骨を拾わせてもらった。
祖父母の時に経験はあるが、熱気で肌の表面の産毛が反応してこそばゆい感じは慣れなかった。

告別式の時も、家族の隣に座らせていただけた。
彼女の昔の担当医、院内学級の元担任、そして自分が弔辞を読んだ。
弔辞を経験するのは、これが初めてだった。
前夜、遅くに帰ってきてすぐに書き上げた。
言葉がさらさらと出てきた。
普段書く文章もこれだけスラスラでてくれば良かったのに。
式の参列者には、懐かしいこども病院の看護師さんやスタッフの面々。
中には数年ぶりに再会する人もいた。
そんな中で、弔辞を読ませてもらった。
泣かないように、噛まないように。文節ごとゆっくり。
自分の文章を信じて、読み上げた。
これほど魂を乗せて書いた文章は今までなかった。おそらくこれからもないだろう。
読み上げる自分は、落ち着いていた。
式が終わった後、多くの人たちから「すごくよかった」「彼女の今を知らない人でも彼女のがんばりが伝わる弔辞だった」と言っていただいた。
自分の書いたものがここまで評価され、それを実感したのも初めてだった。
だけど、それが大切な人の弔辞であることが、悔しかった。
一連の法事が終わった後も、時々家へ線香をあげにいった。
祭壇には、お菓子や炭酸飲料水などが供えられている。

僕は、まだ彼女のことをそれほど知らなかった。
15年も交流しながらも、これからだった。
大人になって、いろいろ幅が広がった。これからだった。
彼女の影響で買ったカメラも、おいしいお店も、いろいろなところに遊びに行くのも。
何が好きで、何が嫌いで、何が幸せなのかも。
何も知らなかった。
知らなかったんだ…

あれから、1年が経つ。
世の中は大きく変わってしまった。これが今年だったらなら、僕はあそこまで病院に通えていないし、ゆっくり送り出すこともできなかった。
多くの病院で面会ができない状態だからだ。
そっか。自分のことより、人のことだもんな。

身近な人が亡くなると思い出す言葉がある。
ワンピースという漫画の一場面
「人はいつ死ぬと思う?人に忘れられたときさ」

彼女の撮りためた写真を見るたびに。
僕が彼女の家へ行くたびに。
僕が彼女との思い出を文章にするたびに。
僕らが彼女を忘れないたびに。
彼女は生きているのかもしれない。
魂とか、輪廻とか、そういうのは信じないけれど、あったら良いなとは思う。
残された人たちが納得するのであれば。気持ちが少しでも楽になるのであれば、神様でもなんでも信じようと思う。

もう絶対君の口から「好きだよ」って言葉は聞けない。
亡くなる日。僕が到着する前、家族が「さらみくんに好きっていいなよ」と言ったらしい。
「ちがう。そういうんじゃないもん」って返したらしい。
あと、僕がお見舞い行く予定だったけど急遽行かれなかった時があった。
ラインでは「うん、わかった。無理しないでね」って返していたけど、妹ちゃんには「来るっていったのに来ないのどう思う!?」と軽くキレ気味だったらしい。
な。かわいいだろ。こういうところ大好きなんだ。
言葉に表せる以上の何かが僕と彼女の間にはあった。
そう思うだけで、ゆっくり眠れる。

最後に、
あのとき、おどりばに参加させていただいたこと。
1年が経ち、こうして当時のことを話す場を提供してくださったこと。
それと、法事の前後、家に呼んでくれてパートナーと一緒に話を聞いてくれたおどりばで知り合った仲間。
おどりばには感謝してもしきれません。
この場があってくれて、住民でいられて本当に良かったです。
ありがとう。

*今回のアイキャッチ画像は、彼女が撮ったものです。ご家族から許可をいただき、使わせてもらいました。

sarami

生き意地の汚い人生を 送っています。

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