教養など必要ない

住人

知識なんていらなくなった。猛勉強する意味も剥奪。生涯、勉強し続けなくてもなんとかなりそう。スマートフォンさえあれば、≪なんでも来い≫。わたしたちは池に閉じ込められた鯉と同じ。そんな窮屈な世界で、情報に溢れた時を泳ぐこともままならない。インターネットに殺されそう。すでに半殺しに?!

知識をひけらかすヤツ。今さら、なんなんだよ。そんなこと知らなくても、生きていけるし、聞きたくもないし。危機管理は徹底的に。だから、そういうのは「へえ~」とスルー。って悪口は良くないですね。

今の時代、何が求められているか。≪知識≫でも≪博識≫でも≪公文式≫でもない。それはインターネットに振り回されないという≪高い意識≫だとわたしは。教養なんて必要ないんですよ。わからなかったら堂々とググればいいし、まあ、そんな行為がインターネット依存だって言われそうだけれど、自覚しとけばいいんでないの?! 認識したうえで有効的に使うという≪高い意識≫を。知ったかぶりはカッコ悪いから、軽犯罪。

≪高い意識≫とは果たして何なのか。今月の7日から考えて、この投稿をしている数日後に答えらしきものは。結局、≪個性を追求≫が、それな。溢れ出る情報を自分なりに選択することが個性的ということ。自分らしさを探し続けなくてはならない。平坦な文章も、無個性な音楽も聴きたくない。間口の広い表現はくそったれ。わたしは、≪わたしにしかできない≫、それにこだわる。

だから、こんなわけのわからない文体で書いているわけですよ。これが≪個性だ!≫とは言えない。今現在、探し続けているなかがわよしのの個性。きみは自覚出来ているかい?! スマートフォンに支配されていないか。インターネットに精神をボコボコにされていないか。それに気づけるきみでいて。おなか空いたって言える人でいて。眠いんだって主張できる人になって。素直に生きることに安直でいること。それが≪個性≫だ。

それはさておき、流行を追いかけまわすのも、どうかと思うよ。少し昔なら「『火花』読んだ?」とか。最近なら「『パラサイト』観た?」とか。そんな質問にうんざり。『パラサイト』は公開前から観る気満々だったから興ざめで。今、流行なら≪易々と乗ってたまるかよっ!≫っていう心理が働いてしまったんだよね。又吉さんも嫌いじゃない。むしろ好感を持っている。恥ずかしながら、わたしも小説を書いているのだけど、嫉妬心もなく、むしろ気持ちの良い印象しかない。芥川賞を受賞しても控えめで好きだ。嫌味じゃないよね。だから、≪そろそろ『火花』読んでもいいかな≫っていう気持ちが生まれてますね。って今さらか。読むタイミングを完全に逸した。

でも、そんなことはあり得るのか?! 読みたい時がいい意味での潮時。観たいと思った映画が、出逢いに行くタイミング。流行に振り回されることを恐れているんじゃないか、わたし。何度も言うが、素直に生きることに安直でいることが重要。それを流行だからといった心の狭い了見でいること自体がナンセンス! ≪流行に乗ることは安易≫という凝り固まった先入観を持つのはやめたい。

一般常識として流行を追うのはきっと必要。時事ネタをしっかり勉強することもとても必要。そして情報に溺れない感性もものすごく必要。結局、≪教養など必要ない≫というのはただの戯言なのか。ここまで書いて、そんなタイトルを撤回したくなる。でも、書いてしまったので引き下がるわけにも。

スマートフォンやインターネットとうまい付き合い方を。殺されないように気を付ける、殺されたらそれを自覚する。気づけるってことは致命傷じゃないから、生き返れるよ。あとは小さな池で暮らしているという現実を知れ。そして今すぐにそこから旅立つ勇気を。失敗を恐れるな。挫折を怖がるな。傷ついたら元の池に帰ればいい。待っていてくれる人はきっといる。彼/彼女もまた傷ついた旅鳥。傷が癒えたら何度もまた旅に出るよ、わたしは。もがき苦しむ一生懸命な姿が、わたしの生き様だと思うからね。みっともなくてもダサくても、あがくよ。それで人を感動させたいとかはない。ただ自分自身を感動させたい。

無個性な音楽も、小説も、映画もわたしには必要ない。教養などは必要などないとは言わない。それがないから強がってみただけ。勉強熱心でありたい。これからはもっと生き方を学んでから、≪おどりば≫に来るよ。

中川 よしの

生涯作家を志すおじさんです。 なにゆえに書くのか、自分でもわかりません。 これから≪おどりば»で自問自答してゆきます。 45歳、長野cityにて妻、娘、ねこ...

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