p.23:揺れる小さな海の底から
苦しいことやつらいことは
ぜんぶおどりばにしてやろうと思って
ここまでやってきた。
溢れ出す負の感情を言葉にのせることが
救いだと思ってきたし、これからもきっとそう。
一方でわたしは、”幸せ”を表現することが少し苦手だ。
あたたかくてやわらかくてやさしいそれらの感情は
言葉にすれば安っぽくなってしまう気がして。
それでも、残しておきたいと思った。
いまの気持ちを何度でも思い出せるように。
少し前に、
好きな人ができた。
はじめて会ったときから
この人は友だちからはじめましょうの人ではない気がして
もう少しお話したいと思いつつもご飯だけ食べてお別れした。
それから毎日連絡をとって
ときどき電話をするようになった。
やんごとない話も、つれづれなる話も楽しくて
少しだけ、と言いながら何時間も。
文字での会話も、声での会話も、
やわらかくてやさしくてあったかい
言葉の選び方が好きで、ずっと話していたいと思った。
―
すごく嫌なことがあった満月の日に
私の話を聞いてもらった。
私の話を聞いて否定するわけでもなく
自分の話にすり替えるわけでもなく
解決策を少しだけ一緒に考えてくれて
そのあとは楽しい話に変えてくれた。
雲から覗く月を見ながら
今夜は月が綺麗ですね
と私は彼に言った。
たぶんあの日からわたしはもう、
彼のことが好きだったんだと思う。
―
次に会ったとき
好きな人が私を好きだと言ってくれた。
全然まとまってないんですけど、
と前置きされてから届けられた言葉は
目の前で見ていた小さな夜景よりも、小さく見える月よりも
ずっと綺麗だったから
私はなんて返せばいいかわからなかった。
頭の中で考えていることが
そのまま言葉として出てくればいいのにな。
うまく伝えられなかった気がするけど、
好きな人は私の恋人になった。
―
たぶんはじめは、恋人のほうが私を好きだったと思う。
東京ドーム何個分かな、みたいなものすごく大きな愛情を投げられて
まあ東京ドームでたとえられてもよくわからないんだけど
その大きな愛情を「あらー、浮ついちゃってかわいいねえ」
くらいの気持ちで受け取っていた。
だって、それが小さくなっていく寂しさを私は知っているから。
だけどいま、恋人のことを超ウルトラスーパー好きで困っている。
ちょろいやつだと笑ってくれ。
どこが好き、なんて話は野暮だと思うのだけれど
簡単に言えば私は彼の感性を死ぬほど愛している。
うれしかったこと、悲しかったこと
綺麗だったもの、おいしかったもの
心が揺れるようなできごと、大好きな景色
行ってみたい場所
たくさん共有してくれて
しかもそれがほんとうに
ほんとうにぜんぶ素敵なんだ。
もしかしたら、そんなの誰だって素敵だと思うようなものなのかもしれない。
私たちだけが特別ってわけでもないかもしれない。
それこそ、浮ついているからそう思うだけなのかもしれない。
それでもいまは、いままであまり理解されなかった小さなこだわりとか
この人になら共有してもきちんと受け取ってくれるだろうなって信じられるし
この人のこだわりをもっと知りたいって私も思う。
私は自分の感性が好きだから、
日々感じたことを誰かと共有して、素敵だねって言い合いたくて。
同じように相手にも感性があると思うから、それを共有してもらいと思っていて。
それが共感できたらうれしいし共感できなくても新しい考え方を吸収できるのがうれしくてこういう気持ちでいられることが毎日うれしくて、いつも胸がいっぱいになる。
だから、恋人のことを好きな気持ちは、
感性を共有するたびに
共有してもらうたびに
更新されていく。
―
私はずっと対話がしたかった。
でも対話だけじゃなくてくだらないばかみたいな会話もしたくて。そんな人が隣にいてくれたら幸せだろう、と思っていた。
私の恋人は私にとって、まさにそんな人だと思う。
そして今の私は、彼の隣にいる私のことが好きだ。
この気持ちがずっと続くのかは分からない。
きっと、一緒にいれば嫌なところがたくさん見えるだろうし
はっきりとした自分の考えを持っているふたりだから
たぶん意見が合わなければ衝突もすると思う。
こんなに素敵な人と、うまくいかなかったら寂しいだろうな、と
時折(いつも)不安になる。
でも彼が「みくさんとなら乗り越えられると思うから、一緒にいたいと思った」と言ってくれたように、私も彼となら乗り越えられるんじゃないかと思っている。
だって私も彼も
いちばん大切な人の、心に潜ることが好きだから。
―
この間の連休「ぼくの大好きな場所なんだ」と言って
石川県の海に連れていってもらって、一緒に夕日を見た。
夕焼けのオレンジと海の青と、それらの混ざった紫色。
やわらかくてあたたかくてやさしくて、ちょっとだけ不安な
いまの私の気持ちみたいな色だと思った。
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